第11刀 成れの果て

 再び恐怖体験をしたミナは、最初こそガタガタ震えていたが二人の説得でなんとか落ち着くことが出来た。今は初めてのお菓子をむさぼる猛仙をぼーっと見ている。


「顔が汚いですよ」


 頬にスナック菓子の粉を付けた猛仙の口をプロトカリバーが拭く。彼は自分でやると宣言しているのだが、どうも彼女は潔癖症らしく拭くのを辞めない。


 ミナを襲撃した白服の者は、猛仙によって天叢雲剣に伝えられ新たな『擬似都市伝説』として制圧対象となった。彼らが対処するようだが、消えた武器にとってはあまり望ましくないらしく、ミナは何度もぶつくさ言っているのを聞いた。



「ところで、思い出したんだけどさあんた、あんな追い回されてるのはなんでなの?」


 猛仙は「まあ色々とあってね」と言うと、初めてプロトカリバーに会った時の事を思い出させられた。


「あんな感じで殺人コロシを繰り返してたからね。そーとー恨まれてるよ、俺は」

「でも、正当防衛じゃない? 違うの?」


「……じゃあさ、例えば自分の母さんがどうしてか凶器を持ち、突然そのへんの誰かを襲ったとしよう。でも返り討ちに会って死んじゃった。これも正当防衛に入ると思うけど、ミナは相手をどう思う? 仕方ないと、母さんが狂っていた、悪いのは相手じゃないって思える?」

「それは……」


 プロトカリバーがあとを引き取った。


「どんな理由であっても、近親者が誰かの手で死んでしまうというのはそう易易と割り切れる物では無いということです。特に人間は精神が未熟故に、時に倫理より感情を優先してしまう。あなたもですよ猛仙。すぐ感情的になるんですから」


 すんまへん、と適当に五文字を述べる猛仙は拳骨を食らい、食べていた菓子を没収された。「あああ!」と感情的になった彼は、プロトカリバーから「そういうトコです」と押し返され、押し黙り、ふてこい面で行儀悪く、横になった。


 何故か納得してしまった。彼によって葬られた戦士たちも、誰かの親であり子どもである。残されたものたちの無念は、筆舌に尽くしがたいだろう……


 ミナの目から、何故か涙がこぼれる。たまらなく悲しくなってしまったのだ。怒り狂って彼に襲い掛かる顔、それを返り討ちにする顔。猛仙だけじゃない、プロトカリバーもヘキサボルグも、他の武器たちもそれを繰り返してきたのだ。


「なくなよ。…………自分以外の不利益に涙を流せるのは人だけだ。俺達は人心なくして生まれ得ない。そして持ち主の心次第で強くも弱くも、正義にも悪にもなる」


 横になったまま、こちらを見ることもなくつぶやく猛仙と、まっすぐミナを見つめるプロトカリバー。


「私たちは人の武器。人のために造られ、信仰によって箔が付き、ある者は神に。またある者は祟りに。そして巡って最後には人に還るのですよ」


 彼らを神剣、妖刀たらしめるのは使い手のそういった逸話やそれ自身にまつわる”曰く”なのだろう。しかしながら彼らは歴史に存在しないという。猛仙はマイナーな出自なのだろうが、プロトカリバーなどは間違いなく『信仰』など得られぬはずだ。


 ではどこから信仰を引っ張ってこれるのだろうか。聞いてもたぶん答えてはもらえまいが。

 部屋の時計は夜の22時半を指した。猛仙はウトウトとしている。この時間帯になると彼は寝てしまう。ストレスがいろいろ積み重なっていて毎日しんどいのだろう。と、ミナのケータイが着信音を鳴らす。画面を見ると、「千誉ちよ」と表示されている。大学で出来た友達の一人だ。滅多に電話してこない彼女だが、どうしたのか。


「どうしたの?」

「ミ、ミナ助けて! 口の裂けた女のヒトが……」

「口裂け女!?」


 ミナの出した大声に猛仙もプロトカリバーも反応し、なんだなんだと聞き耳を立てる。


「今どこにいるの?! できるだけ正確に場所を教えて」

「大学を出たとこからずっと付きまとわれて、今駅のトイレにこもってる。外からは何の音もしないけど、来て! お願い!」


「わかった!! すぐ行く、電話は切らないでね」

「わかった、まだ来てないみたい……」


 プロトカリバーが指摘する。


「この時間帯の駅、というのはもう閉まってるはずでは?」

「……今どこの駅にいるの?」


 ミナは時計を確かめ、即座に聞き返す。そう問われて千誉が出したのは、間違いなく大学の最寄り駅だ。そして、ミナの自宅からの最寄りでもある。


「ミナ、この者の話ではなく周囲の状況を見極めなさい」

「緊急事態で、トイレに籠った。外から音はしないが逃げ場のない密室で相手の所在を見失った状況だね。悪手だな。敵の姿は常に捉えないと」

「今行くからね!」


 そうミナは携帯に叫ぶと家を飛び出す。取り残された二人は窓から飛び出し、ミナを追いかける。やすやすと追い付きながら二人はミナと話す。


「焦る気持ちは分かります。でも妙な状況が二つあります」

「そんなことはどうでもいい! 友達が危ない目にあって連絡してきてるのに!」

「罠かもしれないぞ」


 そんなことは分かっているが、本当に最悪な状況であれば私は一生後悔する。


 先ほどプロトカリバーが言ったように、もう終電は出た後で駅は封鎖されている。しかしそれは改札口のみで、トイレなど連絡通路は封鎖されていない。

 24時間稼働しているトイレは一つだけだ、ミナは迷いなく突撃する。女子トイレに飛び込むと、閉まっているドアが一つ。鍵がかかっている。


「千誉!! 来たよ、開けて!! もう大丈夫だからね」

「ミナ! 鍵開けるから……」


 消え入りそうな声が個室の向こうから聞こえた。無事だ。


 よく、耐えた。


 カタン、と鍵が開く。内側に扉が開くとミナは手を差し伸べながら入る。


 プロトカリバーと猛仙も両脇を固めながらこちらを見ているが、鋭い視線をこちらにむけつつ各々の武器に手をかけた。




 トイレのドアがいきなり閉じた。空いた時よりも激しく鍵が掛かる。



 中には千誉はいなかった。


「来てくれテ、あリガとう」


 トイレの便器の中から声がした。


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