Chapter - 1.5 Emergency


【Danger!! Danger!! ソーラーストーム到達まで、あと5分。Danger!! 】

 早朝から、SMC3000の警報が、唸りを上げた。


 SAnSの予測時間よりも、少々早めの到来となる。

 私は、ミーティングの結果報告を兼ねて、MEDルームに再来室していた矢先だった。


 未曾有(みぞう)の危険レベルに、私はまた助言を求めようと父の顔を覗き込むと。父の言葉が先手を打ってきた。


「この期に及んで、何を迷っとる? 指揮官の取るべき対応は、決まってる筈だ」


 病床の父は、私の心を見透かしているかのようだ。その声はしゃがれていたが、力強く情愛に満ち、まるで真言だった。


 父の脈をとる看護士のヨーコ・シダーヒルが、首を小さく横に振った。隣で付き添う母も、父の右手の甲を摩(さす)りながら頷いた。

 余命幾許(いくばく)病床に伏せる父を、これ以上頼るのも酷だ。


「分りました。提督……」

 私は、答えながらMEDルームの扉を開けようとした。


その時――――

「ノアーよ。信頼とは……、自分自身に対してもだ! ――自信を持て」

 私の背中に、父の御言葉が突き刺さった。


「ハイ! と、父さん」

 私は、息を小さく声にした。

 そして、目から鱗が落ちる思いで、ブリッジへと急いだ。



「緊急退避。総員、ウォーターバリアに避難せよ!」

 私はブリッジへ戻ると、直ちに指令を出した。


【Danger!! Danger!! 緊急退避。これは訓練ではありません。緊急退避! 】

 SMC3000の警報も、唸りが頂点に達した。


 退避室『ウォーターバリア』は、強い宇宙放射線を防ぐための構造に設計されている。水を満たした分厚い壁で六方を囲う円筒構造で、各フロアの中央部に設置している。

 宇宙で最も基本的な物質の一つである『水』は、放射線の吸収率が90%が超える。生物にとって、何につけてもありがたい物質なのだ。

 因みに、DNA保管庫とMEDルームは、常時ウォーターバリアで保護され、緊急退避は対象外。


「総員。退避完了」

 指令を出してから丁度1分後、ナビゲーターから報告を受け取った。

 その直後、船体は未知なる眩い光に包まれた。


 その瞬間、私は気を失った……。


        ★ ★ ★

 

――意識が戻ると、私は冷たい床に横たわっていた。


 有視界モニターは無事に機能している

 しかし、いきなり何も見えなくなった

 何も聞こえなくなった

 時の無い世界に迷い込んでしまった


 だが、光は途絶えていない

 白い光が大きなスクリーンのように眼前を覆った

 宙(そら)の星々、辺りの景色、人々の顔

 そして、天使?


 イメージが次々に変わっていく

 幻覚でも見ているのか?

 星々は、プラズマの風にあおられて揺れている

 光は、千の矢のように飛び交っている


 それらは音も無く踊り始めた

 一つの動きが、数千へと広がり

 さらに数万へと広がった

 それらは互いに会話でも交わしているのか?


 やがて、太陽の煌きが弱まり

 光りが動きを止めると

 踊りまくっていた無数の星たちは

 漆黒の宙にぴたりと貼り付いた……

 

 

――――いったい何が起こったと言うのか。

 気が付くと、SMC3000は沈黙し、船内は『静寂の嵐』に包まれていた。クルーたちからも物音一つしてこない。


 私の大事な天使は、すぐそばで横たわる。でもケイトは、もともと重力酔いが酷いので心配だ。

「大丈夫か? ケイト」


「ええっ……」

 ケイトは大きな瞳をむき出し、視線が合わない。

 冥界でも彷徨っているかのように、意識は朦朧としていた。


【All Clear ! All Clear !  危険は去りました。All Clear ! 】

 SMC3000のアナウンスが、穏やかに流れた。


 いつの間にか、すべてが過ぎ去っていた。

 私たちを襲った大嵐も――。そして、静寂の嵐も……。



 速やかに私は、各ポジションでの点検を依頼した。

 そして暫らくは、急を要する異常報告は無く、安堵していると。


「コスモ・ドライブ、緊急停止です。キャップ!」

 突然、慌てた声が私の鼓膜を震わせた。それはマイケルからの緊急報告。


 すると間髪を入れる間もなく、再びSMC3000のアナウンスが。

【Attention! Attention! 人工重力が消失しました。アストロブーツを、セットオン。Attention! 】


 加速度飛行を続けていたSSアーク号は、等速度飛行に切替わったのだ。私たちは、不自由な無重力の檻に、またまた収監された。


 コスモ・ドライブが停止となると、やはりロケットエンジンの専門家に頼るしかない。チーフエンジニアのジョー・ヤシマに確認を取った。


「キャプテン、ノープロブレム!  ――想定内でやす!」

 ジョーは、余りにもあっさりと答える。


 彼の見解では、システムに異常はない。ストームの襲撃に対処して、安全装置が働いたため、プラズマ噴射が停止したのだという。

 このロケット工学のスペシャリストには、信頼の二文字を寄せるだけだ。


「補助エンジン始動。……逆噴射に入ります」

 ナスターシャ・スミノフの艶やかな声が聞こえた。

 ストレートロングのブロンドの髪をなびかせる彼女は、サブパイロットを務める。


 補助エンジンは、サブパイロットが担当する。ナスターシャの細やかな操縦テクニックのお陰で、旧型エンジンの信頼性も高まっている。

 補助エンジンは旧式のPREシステムのため、噴射時間にはリミットがある。だが、短時間での減速ならば十分なパワーを備える。


 船体はゆっくりと半回転し、床面を進行方向に向けて減速を開始した。


【Caution! Caution! 人工重力生成。逆Gが掛かります。Caution! 】

 間髪を入れる間もなく、SMC3000が注意を促す。


 短時間で無重力から解放されたと安堵していると、休む間もなく強力Gが襲って来た。

 逆噴射による減速は、負の加速度となり逆Gを生む。地球に帰還するシャトルの大気圏再突入時と似ているが、強いGは何度体験しても慣れるものではない。かなりの緊張を強いられる。


 私は、隣のケイトがまた心配になった。

「大丈夫か? ケイト」


 ……はじめケイトは答えなかったが。

「キャプテン――怖いです。私重力変化に弱くて……」

 やがて彼女は、初めて弱音を吐き出した。


「怖いなら、俺の腕に掴っていろ!」


「……はい! ――キャプテンは、私の重力です」


 無重力では平気だが、人工重力が戻ると体調が揺らぐケイトだった。

 彼女は、そのことを誰にも言わず、常にプロとして振る舞っていた。私だけがその弱さに、うすうす気づいていた。


       ★ ★ ★


 このあと、ブリッジに戻ると、ケイトは直ぐに次の航路計算に入った。 黒い前髪の隙間から覗く瞳は、真剣そのものだ。

「キャプテン、次の星間航路の予測値を出しました」


 彼女の声は、いつもより少しだけ柔らかい。人工重力が戻ったばかりで、わずかに身体が揺れているのを私は見逃さなかった。

「ケイト……重力酔いか?」


「――いえ。大丈夫です。慣れますから」

 強がるその横顔は、地球で星を見上げていた少女の面影を残している。

 彼女の父は、地球最後の天文学者だった。ケイトは幼い頃から、夜空の星に名前をつける癖があった。


「この航路、星の並びが綺麗ですね。……ほら、あの微光。私は『アークの灯(ともしび)』って呼んでます」


「アーク号の灯りか……いい名前だ!」

 

 ケイトは嬉しそうに微笑んだ。 その笑顔は、まるで宇宙の闇を照らすArc Lightのようであった。

 


 

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