Chapter - 1.4 Warning

 

 月軌道を離れて2日目、火星航路は順風満帆じゅんぷうまんぱん

 乗組員の緊張感もとれたようで、船内は平穏へいおんなムードに包まれていた。


夕食が済んだMEETルームでは――――

「火星に住んだら、わしら、火星人になる? ・・・・・・ってことやなぁ?」


 ジョーが笑い話を始めた。太い眉を上げ下げしながら、東洋人特有のお笑いショー張りにジョークを飛ばし、みんなの爆笑をかっていた。

 そんな仄々ほのぼのとした雰囲気も生まれたその時だった。


【Warning! Warning! 危険度最高レベル。Warning! 】


 突然、SMC3000の警報が。穏やかだった船内に轟音ごうおんが駆け巡った。

 警報ランプの色はレッド点滅。


「緊急事態です! キャップ」

 通信オペレーターのリン・ソンが、ハイトーンな声を上げた。


「WASA本部に、確認だ!」

 私は直ちに指示を出した。


「ラジャー! キャップ」


 宇宙船のマザーコンピュータは、様々な危険を察知して警報を発する。

SMCスマック3000』とは、Super Mother Computer 3000の愛称、最新鋭の量子コンピュータだ。


 今回の警報はかつてない大警報音だった。

 小型の流星群やスペースデブリは、オリーブ色。

 オバーレンジな宇宙線の警報は、イエロー。

 大型隕石では、オレンジ色と、警報ランプは色別に点灯。

 点滅は緊急事態。

 今回のレッド点滅は、最高レベルの危険度となる。



 間もなくして、COSMO ISLANDのWASA本部から入電、SMC3000の説明が。


【WASA本部からの報告。スペース・アナライザー・システム『SAnS』の観測によると、百年に一度の巨大太陽フレアが発生。スーパーフレアです・・・・・・】


 スーパーフレアの発生が、危険度最高レベルの訳は、太陽嵐ソーラーストームが押し寄せるからだ。

 隕石ならば、幾ら大型であっても船体への衝突回避は可能だが、太陽嵐では不可能。

 太陽嵐は太陽風のモンスターで、宇宙空間をくまなくおおい尽くす。大海の真ん中で大嵐に遭遇した帆船の運命と同様だ。


 太陽フレアは、太陽表面にあるプラズマが、太陽の強大な重力さえ振り切って、宇宙空間へ大量に吹き飛ばされる現象。高熱、高エネルギーのプラズマの爆風が、宇宙空間を埋め尽くす。通常は太陽風と呼ばれ、太陽放射線のシャワーが降り注ぐ。

 勿論、地球も太陽風を受けているが、磁気圏という御加護ごかごにより、放射線の直撃はまぬがれている。


 SAnSの分析によると、太陽嵐の到達予測は、約8時間後。

 最新型宇宙船には、磁気バリア『MAGシールド』を完備しているが、初めて遭遇する衝撃は未知数だ。万全の態勢を整えて迎え撃つしかない。



OPEクルーと臨時ミーティングを行うため、ブリッジ招集をかけた――――

 病床に伏せる父(提督)を除く全員が、あっと言う間に集合した。

 点呼を済ませMEETルームへ移ると、太陽嵐への対応について、話し合いを始めた。

 すると、意見を交わすよりも先に、クルー達から零れた言葉は、異口同音いくどうおんに同じ要望であった。


「まずは、提督の意見を聞きたいな?」

 いきなりマイケルの大きな口が開いた。


「吾輩も同感だ」

 後を追うようにフォレスト博士が賛同した。


「そうねぇ? 提督指示なら、何でも従うわ」

 リンのハイトーンが輪をかけた。


「提督の考えを尊重したい。彼の豊富な経験は・・・・・・、どんな理論よりも勝る」

 フライト・エンジニアの発言が、とどめを刺した。


 どの意見も、元船長の人望を象徴するものばかりだった。火星基地開発の花形だった提督に対する信頼は、想像以上。現船長である私にとって、それは嫉妬しっとにも似た感情を抱かせる程だ。


 提督の意見を聞くために、ミーティングは早くも中入りとなった。


        ★ ★ ★


 私は、口火を切ったマイケルと共に、MEDルームに足を運んだ。

 クルーたちの要望を伝えながら、提督の考えを確かめてみると。


「わしは、神では、ないぞ・・・・・・」

 病床に横たわる父は、苦笑いの表情から、ジョークを繰り出した。


 今日の父は、顔色もよく容体も安定しているようでよかった。父は上体を起こすと言葉を続けた。

「皆さんのお気持ちは有り難い。でも、今のわしは、隠居同然の身。皆で話し合って、船長が決断したまえ」


 父の考えは、基本的に船長の判断が最終決定という信念を持っていた。

 だが、ここはクルーたちの強い要望も尊重して、提督の助言を仰ぎながら判断を下すということで、了承してもらった。

 その時、同行した大きな口はつぐんだまま頷くだけだった。


MEDルームを出ようと戸口に差し掛かった時――――

 私は、背中越しに御言葉みことばを聞いた。父はリーダーとしての心構えを授けてくれた。

◇◇◇

・非常事態や緊急時で最も大事なことは、冷静さと信頼感だ。

・技術面では専門知識が豊富な各エンジニアの助力を得よ。

・リーダーである船長は精神面でクルーたちの支えとなれ。

◇◇◇

 私は、目からうろこが落ちる程に、心も洗われる思いで御言葉を受け止めた。


「ハイ。 提督!」

 小さく返事をし頭を下げると、父の下を静かに去った。



ミーティングを再開すると――――

 最初に、同行したマイケルから、提督の言葉を伝えた。

 すると広いMEETルームが、あっという間に信頼感と安堵あんどの空気で満ちた。


 結局のところ、新たな対策を講じるよりも、既存の装置をフル活用すること。そして何よりも大事なことは、クルーが信頼し合うことを確認した。


 だが、最後に技術面の課題としてコスモ・ドライブを止めるか否かの問題が残った。それはCF-PREの強力なプラズマ噴射と、強大な太陽放射との相互作用が未知の領域だからだ。


「ストームを振り切るのは、無理。極力太陽から離れることです」

 フライト・エンジニアの意見が飛び出した。


「同感だ! 太陽風の放射線密度は、距離の2乗に反比例する」

 天体物理学者の補足が加わった。


「・・・・・・と言うことは、フルパワーですね?」

 即座に、チーフエンジニアが結論を出した。


「皆さん、貴重なご意見、感謝します!」

 私は臨時ミーティングの散会を宣言した。


「ラジャー。キャプテン!!」

 全員の声が一つに重なり、混声合唱張りに見事なハーモニーをかなでた。


        ★ ★ ★


◆◇◆【宇宙日誌】西暦2201.4.17 ログイン⇒

 今日の記録は、私の父が抱える病いについて、記しておきたい。

父が抱える病気とは――――

『宇宙白血病』

 長期間にわたり宇宙放射線にさらされたのが原因だった。


 火星基地開発の中核をになう父は、長年の無理がたたった。放射線が絶え間なく降り注ぐ火星環境は、想像以上に過酷なのだ。

 それは、放射線でもウィルスでもそうだ。

『目に見えない敵ほど、怖いものはない』


 最強の防護服となる宇宙服をもってしても、完全には防ぎ切れない。

 放射線は、その強さだけが問題なのではない。少ない線量であっても、長期間に亘ると積算被曝量ひばくりょうが問題となる。これは火星基地に限ったことではない。


 例えば、レントゲン撮影やCT検査のX線でも、高層を飛ぶ旅客機や宇宙エレベーターでこうむる宇宙放射線でも同様なのだ。それが頻繁で長期に亘る場合、被曝の量は蓄積され、大きなリスクを生む。


 任務に忠実な父は、リーダーとしての立場から、野外活動に率先して携わっていた。昔気質むかしかたぎの父は、古くからの『率先垂範そっせんすいはん』という言葉を、絵に描いたような人物だ。


「宇宙線だらけの宇宙空間で、放射線が怖くて、やってられるか!」

 これが父の口癖だったと、開発スタッフたちは口を揃える。


 しかし、そんな父だったからこそ、幸い生き延びているというのも事実だ。

 父は、危険を伴う小惑星有人探査に自ら志願し、探査船事故にってしまった。事故からくる後遺症は、皮肉なことに、重病を発見する引き金となった。

 仕事を三日と休むことがなかった父が、一月余りの入院生活をいられ、色々な検査で病巣が見つかり、『宇宙白血病』と診断された。


 診断結果は、直ぐに治療を始めれば5年生存率40%。半年発見が遅れたら命は無かったという。こんな経緯で余命も延びたのだ。


 航空医官の母の話では、安静を保てば、現状では命の心配までには至らないと言う。まずは一安心だ。

 これは肉親としての心配だけではない。提督としても、生き延びてもらいたいのだ。人類の未来は、彼の明晰めいせきなる頭脳と豊かな経験に掛かっている。


===以上、ログアウト ◇◆◇

 

 

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