Chapter - 1.6 Strange

 

 私は、今日の記録を途中で切り上げ、急いでブリッジへ戻った。


「ケイト、現在位置を調べてくれ?」

 私は、コスモナビゲーターに宇宙域の確認を要請した。


「了解! 


 ケイトはいつも、私の名を間延びした言い方で呼ぶ。

 そんな呼び方をする人間は、他には両親しかいない。特に母は、幼い私をそう呼んでいた。

 幼少期の私の記憶にある母に、容姿も性格も、ケイトはよく似ている。そんな彼女に親しみを強く感じるのだと思う。


【Attention! Attention! 人工重力消失です。Attention! 】

 突如、SMC3000のアナウンスが流れた。


「逆噴射はリミットです。減速終了」

 ナスターシャの報告に続いて、船体はまた半回転すると、等速度飛行に入った。


「現在速度、第1宇宙速度。等速度航行を維持します」

 マイケルから報告が届くや否や、船体姿勢は通常に戻った。


 私たちは、無重力の檻に、またまた収監された。このアストロブーツの足枷は、私にはどうにも馴染めない。歩くにもスローモーで一苦労する。

 私たちは、未知なる宇宙空間と慌ただしい重力変化に翻弄されてしまった。


        ★ ★ ★


 未曾有の危機から逃れることが出来たSSアーク号は、ゆっくりと『謎の天体』に接近している。

 これは、新たなアドベンチャーへの序章なのか。それとも、未知なる大宇宙のおぼし召し、人類に対する命題なのか。


 詳細を確かめるためには、やはりあの聖なる場所しかない。それと、いよいよ天体の専門家の出番ようだ。

 私はケイトと共に、フォレスト博士ご自慢のスペシャル空間へ出向いた。


 展望室は透明特殊合金製で、繋ぎ目のない360度のクリアービューが広がる。満天の星とは正にこのこと、一つ一つの星に手が届きそうだ。

 地上から見上げていた星空なんて、0.1未満の近視眼で見ていたようなものだ。宇宙空間で観る星々は、大気による揺らぎがないためか、全く瞬くこともなく輝き続ける。


 天文房の扉を開けると、奥まった窓際には白衣姿があった。アルバート・フォレスト博士の大きな背中である。


「失礼します、博士。今、よろしいですか?」


 声をかけると、博士は振り向きざまに驚きを口にした。

「やぁー、ま、参ったよ! ノア船長」


 常に沈着冷静な博識者が放った、思いもよらない第一声には驚いた。

「なっ、何事ですか?」


「お父様、いかがなさいましたの?」

 ケイトも心配そうに近寄ると、博士の腕を優しく掴んだ。


「吾輩は、あの世でも、覗いたような気分だ・・・・・・」

 博士は後頭部に掌を当て、何度も首を傾げながら驚きを声にした。


「・・・・・・ストームの通過直後、ここへやって来て・・・・・・」


「さすがわ、天文博士。何をご覧に?」

 私は合いの手を入れた。


「・・・・・・この宇宙が、ひっくり返った、みたいだよ?」


「それは無理もないですよ。超加速から急反転、減速したん ですから」


「いやいや、減速する前からだ。等速度航行に入る前。・・・・・・そう、その後無重力に変わった」


「それなら、ストームが去った直後ですね?」


「そうそう、その時・・・・・・。この展望室に戻るや否や・・・・・・」

 博士の眼光は、未だに興奮覚めやらぬといった様子だ。


「・・・・・・なんと、星々が、一瞬にして、一斉に移動したのだよ」


「何ですって?」


「天球面で見ると、僅かな移動なのだが。・・・・・・例えば、今、あそこにあるアンドロメダ座のM31だが」


「有名な大星雲ですか?」


「そう、それが、ストームが襲来する前には、隣のペガサスの頭上に、あった筈なんだ」


「えっえー? それは、信じられない!」


「天体が専門の吾輩だからこそ、信じられないことなのだよ」


「もし、それが事実なら・・・・・・、空間の瞬間移動『ワープ』ですか?」


「そうなのだよ。鋭いね、ノア船長!」


「宇宙船が、別の宇宙まで、空間移動したか? 我々の太陽系自体が、一瞬にして移動したか? なんだ」


「太陽系が移動? ・・・・・・ええっ?」

 私は、博士の突飛な説明に、自分の耳を疑った。


「それもある。我々の太陽系は、銀河系の外縁を、数億年程かけて、一周しているからね。・・・・・・でも、それには速すぎるから、考え難いが?」


「それなら、前者の可能性が?」


「しかし、ここは我々の太陽系内だ。小惑星帯アステロイドベルト付近かも? スターマップで確かめた」


「うんん。何とも不思議ね? 火星を飛び越えたのでしょうか? ・・・・・・ソーラーストームのせいで、何かが、狂ってしまったのかしら?」

 隣のケイトは、腕をこまねいて小首を傾げた。


「実は博士、有視界モニターに、謎の天体が現れたんですよ。・・・・・・なっ、ケイト?」


「はい。スターマップには無い、未知の天体です」

 ケイトは、大きな瞳をより見開き頷いた。


「それは・・・・・・、あれかね?」

 フォレスト博士は、クリアービューで広がる天球の一点を指差した。


 私は、「はい」と答えたつもりだが、声にはならなかった。

 暫らくの間、私たち三人は、呆然と大天球のパノラマに浸るのだった。



 謎の天体の存在は、天文の専門家でさえも、大きく首を傾げる程だった。


「あの白さ! まさにホワイトプラネットね?」

 私に寄り添うケイトも興奮気味だ。


 謎の天体は、これまでの太陽系探査では、見たこともない未知の天体なのだ。純白と紺碧の青、そして赤銅色の一本線を模様にした実に美しい惑星だ。


 テレスコープでクローズアップすると、白い筋雲模様がまばらに取り巻き、地表の半分は海のようだ。大地は赤道直下に細いベルト状の土壌らしきものが存在。両極から中緯度にかけては、氷床か新雪でも積もったような純白色が広がる。


「何と美しい! 我々の太陽系のデータには無い。・・・・・・銀河外縁の惑星か?」


 天体のことなら知り尽くした筈のフォレスト博士も、じっと見惚れて感嘆している。

 私たちは、時間が経つのも忘れて、魅惑のに、目が釘付けになっていた。

 

 

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