5.あなたに救援を

「どういうことよ!」


 クロエの怒声が宿の食堂に響く。

 外は既に夕暮れにかかり、宿の中には魔法の明かりが灯る時刻。宿の食堂には保護官三人の姿があった。三人とはアリッサ、クロエ、アーロンのことで、エリックはアリッサの指示で宇宙船に行っている。

 アーロンはその大きな体を小さく縮めて様子を伺っている。

 一方アリッサは普段通りだ。


「どうも何も話した通りだよ。ありゃスライムも混ざってるな」


 そんなことをうそぶいても、そもそもの説明が少ない。アリッサが話をしたのは、アメリアが攫われたこと、攫って行ったのはアーロンが連れて来た何者かだ、ということだけだ。

 その場に居たアリッサとアーロンは、少女がドロリと溶けるようにしてアメリアを包み込み、ドラゴンの姿になって飛び去ったのを見ている。それは宿の中で仕事をしていたクロエには分からないことだ。

 その場に居たアリッサとアーロンに説明を要求すれば、アリッサからは短い間とは言え、一緒に生活していたとは思えないほどの軽い口調で断片的な説明しか出てこない。自然、クロエの視線はアーロンに向かう。

 クロエとて、アメリアとは毎日のように顔を合わせていたのだ。アリッサのように四六時中一緒に居たわけではなくても、毎日顔を合わせて居れば情の一つくらいは湧く。口を利かないアメリアの食事の様子から、好きな食べ物を考えてメニューに入れて見たりと、多少のことはしたし、アメリアのほうだって、始めは食器の上げ下げに近づいただけでも警戒していたのに、今はもうそんな素振りも見せなくなった。言葉は交わさなくても、心の距離が近づいてきた実感はあったのだ。


 ギロリとした視線でアーロンを促せば、小さく縮めたままの恰好で、この村に連れてきた少女の話を始める。

 第二チームと合流する前に、たまたま魔物に襲われている一行を助けた事。そこには攫われた少女達が居た事。近くの村から攫われた少女を村に返し、そして遠くから攫われたという少女一人を連れて第二チームと合流したこと。最後に、リューケンの街の近くから攫われて来たのだろうという第二チームのジョンソンの言葉を信じて移動してきた事だ。


「それでなんでこの村まで連れて来たのよ。ここより先に村なんてないわよ」


 そう。この村より先はない。

 村の南側は荒野になっており、まだ開拓されていない原野だ。そしてこの村に住んでるのは保護官の3人とアメリアだけ。少女を村に返すのであれば、もっと街の近くにある村で少女と別れるはずだろう。


「いやそれが……」


 アーロンによると、旅の途中で、村の位置についてはいろいろと質問したのだそうだ。

 そして場所がはっきりしないとなると、村長の名前や、村に来る商人や巡回兵の名前を聞いても、それもはっきりしない。商人や巡回兵の名前は知らなくても、村長の名前くらいは、と聞き直しても知らないという。

 あまりに分からないため、街に着いたら兵士の詰め所に行こうかとも考えた。

 それがリューケンの街に着くなり、こっちだあっちだと道を指す。

 街の名前を知らなくても、来たことがあるのならば言う通りに移動すれば村に着くだろうとアーロンは少女の言うままに街を出た。街を出るとすぐに街道を外れて畑の間の細道を進みだす。明らかに知った道を辿っているように見えたという。

 途中に泊まった村では人攫いの話も聞き、間違いなさそうだと安堵したところで、進む先は農村を通り過ぎ、ダンジョンのある荒野手前のこの村へ。


 アーロンもこの村に住んでいる人は知っているし、少女がこの村で育ったはずもない。だが、ここまで来たなら相談に乗ってもらおうと、そのまま村に入ったらこうなったと言う。

 自分が連れて来た少女が、勇者の事件で保護中の少女を攫って行ったのだ。大きな体を縮めるくらいには責任を感じてはいるが、どうなっているのかアーロンには分からない。


「あー、そういや、アーロンは魔力感知は苦手だったか」


 出来事の説明は出来ても、どういう事なのかさっぱり分からないというアーロンにアリッサが呟く。


「魔力を見れば特徴があって分かりやすいんだけどな。ありゃあ人形だよ」


 アリッサの言う人形とは、掃除や配膳などの比較的単純な労働に使用されることの多い人型の従者のことを指す。昔の機械で構成された無機物だけの人形しか存在しなかった頃はロボットと言われていたものだ。有機物で構成された人形が製造されるようになってからはロボットと言う呼び方は廃れたが、用途としては大きくは変わらない。

 有機物で構成された人形は、より人に近く見えることから機械で構成された人形を駆逐するかとも思われた。しかし、人に近すぎる外見とインストールされた基礎知識によっては人と間違え易いことから、作業場所によっては逆に忌諱きいされる結果となった。

 今では無機物のロボットも、有機物の人形も、同じように人形と呼ばれている。


「本部経由でジョンソンからも連絡があったぜ。アーロンが人形連れて歩いてるって」


 アメリアを攫った人形は、ドロリと溶けるようにしてアメリアを包み込んだことから有機物で構成された人形であろう。有機物の人形にはカスタム項目として巨人や爬虫類などの人の特性を付加することが出来る。それは見た目が人に近いというメリットを強化するために使われることが多いが、作業上の利点からカスタムされることもある。

 その一つがスライムで、掃除や荷物運びを中心に使用される人形でよく使用される。隙間に入り込んで掃除することも、荷物をその体で包み込んで傷をつけずに運ぶことも出来る優れものだ。


「なっ」


 アーロンはポカンとした顔のままアリッサの話しを聞く。

 やっとアーロンの頭の中で状況が繋がり始める。ドロリと溶けて荷物を包み込むのはスライムを付加した人形なら、分かる。助けた時も、旅の途中も爬虫類系の特徴があったから、ドラゴンの姿で飛び去ったのはドラゴニュートの特性を付加していたのだろうか。

 でも、なぜアメリアを攫うのかが繋がらない。


 ガタガタと扉を開閉する音がして、エリックが入ってくる。


「装備の申請はしてきましたよ。あとサポート衛星のデータを解析するなら、丸一日かかるそうです」


 サポート衛星は惑星本部や、この村のような拠点の保護と監視を目的に、映像を記録している。その範囲はこの大陸全土に及ぶことから、かつて本部より勇者が脱走した時にも映像の解析で行先を特定出来た。


「ああ、そっちは問題ない。バイクのステータスは?」

「出撃前点検はあと10分程で終了の予定。問題ないとは? 行先に当てでも?」

「アメリアの服に位置特定用の魔法陣を刺繍してあるからな」


 そう言ってアリッサは全員の顔を見回す。


「全員、装備を換装。バイクの点検が終わり次第出るぞ」


 日の暮れた村。その片隅から四つの黒い影が飛び立つ。

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