6.あなたに暗闇を

 アリッサの先導で移動した先にあったのは、闇夜の中でさらに暗い、黒い壁のように見える岩山。そこに中央の保護官用装備に身を包んだ、四人の保護官が到着する。

 全身を覆う黒いスーツには、要所に黒い金属が取り付けられている。その姿は騎士の鎧とも違い、ともすれば昆虫のようにも見える。顔はフルフェイスのマスクに隠されて、顔を伺うことも出来ない。


 迷う素振りのない運転で、アリッサはその岩山の中腹にある洞窟へ向かう。

 高さだけでも30メートルはある洞窟の入口。バイクの速度を歩くほどまで落としてゆっくりと侵入する。

 それは現地本部から脱走した勇者が逃げ込んだ洞窟。

 アーロン以外の三人は一度訪れた洞窟。一度来ただけの洞窟の記憶は薄っすらとしたものだ。バイクの速度を落としてゆっくりと進む。


 蛇行しながら進むと、いつかの広場に辿り着く。

 勇者を捕らえに来た時には、天井付近の数々の明かりが浮かび、照らされていた広場は暗闇に閉ざされている。

 その時、明かりを付けるために使われていた魔道具は、勇者が持っていた武具と一緒に押収してある。勇者達が現地惑星にない物品を持ち込んだ証拠の一つとして扱われている。だからこの広場が暗いのは当然とも言える。だが、アメリアと、アメリアを攫った人形がこの洞窟の奥に居るのは間違いない。そして、人形に攫ってくるように指示した何者かも。

 その存在を考えると、広場よりもまだ奥があるのだろう。


 あの時は勇者が捕縛が最優先だったため、広場よりも奥には踏み込んでいない。

 そしてその後はアメリアの保護が優先の生活をしていたために、調査に来る余裕がなかった。

 本部にしたところで、人里離れた岩山の捜索にチームを派遣するよりも、市場に出回ってしまっている魔道具の回収が優先されていた。

 少し順番を間違ったかと思いながら、アリッサは魔力で光る瞳を洞窟の奥に向ける。

 元々の肉体が持つの暗視能力に加え、魔力を注ぐことで完全な暗闇でもアリッサの視界に支障はない。そして今はもう一つ、魔力を見る力を発動させている。

 洞窟の奥から感じられる、アメリアの服に刺繍した位置特定用の魔法陣。そこに向かう道はこれだとばかりに、アリッサの瞳には魔力の痕跡が見える。


(多いな)


 ヘルメットの仕込まれた通信機をオンにする。


「アメリアの魔法陣のビーコンは健在。まだ奥だ。それと魔力残滓が奥に続いているから道に間違いはない。ただし、奥に続いている魔力残滓は四人分を確認。注意してくれ」


 他の保護官も、既に同じ魔力残滓を見ている可能性は高いが、意識合わせのために言葉にする。特に、アメリアと人形の分は、ついさっき通ったばかりなので比較的強く残っている。残り二人分は何日も前だろう、弱い。強い魔力残滓にだけ気を取られていると、見落とす可能性もある。


 魔力残滓を辿るように、広場の端を通って奥へ進む。

 広場から出る通路は、また高さが30メートル程になる。広場よりも低いとは言え、洞窟としては破格の規模なのには変わらない。

 洞窟の通路としては破格の広さだからこそ、アリッサ達もバイクに乗ったまま空中を移動できる。魔力残滓で見ると、人形とアメリアも空中だ。アメリアを攫った時のドラゴンの姿のままで移動しているのだろう。消えそうな二つの魔力残滓のほうは、地上、通路の端を歩いている。


 そのまま奥に進むと、薄っすらと光が漏れてくるのが見える。

 色合いから見て魔法の明かりだろう。時刻はそろそろ深夜だ。薪を燃やした火であれば、燃えるに従って光も揺れる。月明りであれば差し込む角度があるから地面と天井でもっと差が出るはずだ。

 明かりには近づかずにバイクを空中に静止する。


「エリック、偵察」

「了解」


 短いやりとりの数秒後に、エリックのバイクから小型のドローンが射出される。

 カメラとマイクを持った小型ドローンは、数秒後には姿を消し、アリッサ達のヘルメットに映像と音声を送り始める。


「すごいわ! ドラゴンが私の言うことを聞くなんて!」


 カメラに映ったのはローブ姿で杖を持った女性と、大きな盾を構えた男性。そして少し離れたところにドラゴンの姿を取ったままの人形が居た。

 アメリアの位置特定用の魔法陣は人形と同じ位置を示している。アメリアはまだ人形の中に取り込まれたままのようだ。

 ドラゴンの姿を取った人形は全長5メートルと言ったところか。人よりは大型ではあっても、中に少女が一人入っていると思えばギリギリのサイズだ。

 そして彼らよりも奥には、鈍い光沢を放つ壁がある。岩肌とはまったく別の、その壁には人のサイズの扉がついており、タラップで洞窟に降りられるようになっていた。


(あれは宇宙船の外壁か?)


「あの人達は何者かしら」

「勇者の仲間だった現地人ですよ。最初に勇者を確保したときに居た」

「ああ、あの短期記憶消して捨てといた人達」


 クロエとアーロンの会話を聞き流しながら、そう言えばそんなのが居たかと、ちらりと思い出す。勇者の仲間であっても、現地人を中央の法で裁くわけには行かない。保護官に会った時の短期記憶だけを消して、壊した魔王城、というか館の残骸と一緒に捨て置いた。

 出来れば勇者と魔王が相打ったとでも思ってくれれば面倒がなかった。それがこの洞窟に居て、勇者が持ち込んだと推測される人形の支配権を持っているのだ、希望通りには行かなかったと見て対応をしなければいけない。

 何日前からここを拠点にしているのか、どこまで中央の知識を持っているのか。前回は、勇者から中央の知識が伝わっている可能性が低かった。何しろ中央の武器を神から授かったと言って、仲間にもそれを信じさせていたのだから。

 しかし、何日も前からの記憶を消すことは難しい。長期記憶を消すには脳への負担が大きく、持ち運べる機材では安全な処理が出来ない。であれば記憶が残ることを前提に対処しなければいけないだろう。


「エリックはドローンで奥の扉の監視。増援に注意してくれ。俺は人形からアメリアを助けてくる。アーロンとクロエはあの二人の制圧だ。殺すなよ」


 エリックを除く三人がバイクを降りて準備を始める。

 身体に魔力を巡らせて能力の向上、更にスーツに魔力を流して身体能力向上を更に一段上げる。

 その間にバイクに乗ったままのエリックから続けざまに魔法の補助が掛かる。風魔法による速度向上、同じく風魔法での足音の抑制、土魔法で靴と地面との摩擦力を上昇、水魔法で免疫系の活性化、火魔法で対精神防御、光魔法で対閃光防御、闇魔法で対魔法防御。


「いくぞっ」


 アリッサの合図で三人は数秒で明かりの照らす中に駆け込む。

 闇の中からの不意打ち。

 ドラゴンの姿にはしゃいでいた女性も、盾を構えたままドラゴンから距離を取っていた男性も、何も反応することが出来ないまま崩れ落ちる。

 そして、ドラゴンの姿をした人形のクビにアリッサの手が突き入れられ、人形はドロリと溶けた。自動的に人の姿を取り戻した人形が地面に横たわる頃、アリッサはアメリアを抱き上げて無事を確認していた。

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