第40話〜国家任務5〜

 大倉の進行によって始められた会議はまず初めに制空権図の確認から行われた。投影された制空権図で目立つのはやはり日本やフランス、ロシアの勝戦国だ。北方領土より下とハワイまでの太平洋全域。世界一巨大な空域を支配する日本。北極海とオホーツク海を支配するロシア。大西洋の半分を支配するフランス。


「続いて、現在発生している紛争への介入、戦争についてです」


 大倉がリモコンを押すと画面が切り替わる。


「昨今より発生した中東へのソルヴェーク王国、フランス率いる協商連合の介入。旧アルゼンチン地方紛争にはブラジルとアメリカの連合軍が介入中。ソマリア内戦に介入しているのが南アフリカ共和国とロシア連邦。

 ソルヴェーク王国は介入の説明をお願いします」


 ソルヴェーク王国代表は立ち上がり原稿を読む。


「ここ最近の中東情勢はあまり芳しくありません。反政府組織と国家の衝突を看過すれば一斉蜂起を許し、第五次中東戦争になりかねません。そのため私たちは介入をしたまでです」


 代表が座ると紅人が静かに手を上げ、許可を得て発言をする。周りの視線が集まるが臆することはない。


「BLACK HAWKの柊紅人です。ソルヴェーク王国は日本政府に民兵の派遣を要請し、それを我が社が受けました。仕事が立て込んでいるため私の兵は出せませんが、作戦を渡しました。すぐに鎮圧出来るかと思います」

「その意見については我が国は懐疑的です。よって介入を考えています」


 トルコ代表が声をあげる。1度紅人はトルコ代表を見据えると聞こえないように鼻で笑い答弁する。


「ソルヴェーク王国は敵の拠点を割り出しています。空の戦力を削ぎ空爆をすれば1ヶ月とかからず落ちます。介入の余地はありません」

「しかし……」

「柊殿を甘く見てはいけません。彼は弱冠18歳にして我々と同じ世界最強の座につくお方。浅知恵で地雷を踏むのはどちらでしょうね」


 同じ中東に属するギルドに言われては言い返すことはできない。

 トルコの真意としては紛争へ介入し、成果を上げて中東における発言権を強めたいのだろう。しかし、現状中東の王であるイスラエルがそれを許すわけがない。


「気分悪くされたのなら謝ります。ですが、気安く他国の紛争に手を出すのは利口とは言えません。必要とあれば国連軍を派遣すればいいのです」

「そうですね。必要とあればそういたします」


 紅人の提案にソルヴェークが乗ると話は終了する。ここで割って入ってもいい結果が得られないことぐらいトルコも理解している。それに中東で戦争などいくらでも起こる。チャンスは今回だけではない。


「ご説明ありがとうございました。質問がなければ軍縮について話し合いたいと思います」


 大倉は顔をあげて誰も手を上げていないのを確認する。


「軍縮についてですが、昨晩ジル・ド・レイ氏から飛空母の保有比率を国ごとに定める案が提出されました。お手元の端末にも転送しましたので5分間でご確認ください」


 資料を見た人の反応はさまざまだ。小国の反応は総じて嬉しそうだが、大国の反応は渋い。特にアメリカと中国は気にめさなかったようだ。


「世界の軍事バランスを保つのは結構だが、アメリカはこれに批准するつもりはない。当国は国土が大きく飛空母2機では国を守れない」

「中国も同じ理由で拒否する」


 アメリカと中国が拒否の姿勢を示したことで他にもいくつかの国が手を挙げて拒否の意を示す。


「しかし、ここで飛空母の数を抑えなければいざ戦争となった時悲惨なことになりますよ」

「戦争が起きそうになったら大国が介入して抑えればよろしいのでは?」


 スペインの反論にアメリカが返す。


「イギリスはこの案に批准する。女王陛下の許可もいただいている」


 流石のネヴィルも公式な場では整った言葉を使うようだ。

 しかし、意外だ。イギリスは敗戦国なので批准して来ないと思っていたが、女王の許可まで得てくるとは。彼が尽力したのだろう。


「考えてみてください。この条約は飛空母の保有数を制限されるまずが、戦力差が一定以上広がらないという利点があります。戦勝国との格差を広げないためにも批准をお願いします」

「ミスターカニンガムがおっしゃるならそうしましょう」


 アメリカは批准を了承した。


「中国は日本の飛空母保有数を一機減らすという条件付きでなら批准しましょう」

「それでは意味がありませよ。日本はミスター柊が飛空母2機持つという条件で3機にすると言っていますから」


 ギルドが昨晩の事を話し出す。


「どうやら日本は侵略的思考をお持ちのようだ。批准など到底できません」

「日本の海域は世界一広く、守り切るためには五機の飛空母は必要だと考えております。また、我が国を侵略国家呼ばわりしたことに対しての謝罪を求めます」


 日本の政治家ははっきりと意見を言う人が少ないと言われている。しかし、大倉は芯が強く多少の文句で動じるような男ではない。


「これを期にパールハーバーを返還してはどうでしょう?沖縄と同じように」


 ハワイの奪還はアメリカが太平洋の支配者へと返り咲くために必須。ただ、飛空母保有の対価としては大きすぎる。何より舌戦とはいえ宣戦布告されたら黙ってはいない男がここにはいた。

 紅人はバンと机を叩いて立ち上がる。会場中に響いた音はざわめきを静寂へと変え注目を集める。


「さっきから黙って聞いていればごちゃごちゃと騒いでくれますね。私には負け犬の遠吠にしか聞こえませんが」


 クスリと笑うと手を挙げさせる隙もなく話しを再開する。


「貴方達敗戦国が喚こうが安保理で可決してしまえば従うしかありません。これはポツダム体制時代に貴方達が示したことです。同じことをやられないと思うのは大間違いです」

「日本の真意が知れましたね」


 中国代表が資料をまとめて席を立とうとする。


「勘違いしないでいただきたい。私は民間軍事会社の社長としてここに立っています。つまり、この発言は日本政府の考えではなく一個人の意見です」

「詭弁だろう」

「なら我々が飛空母を持たなければならない理由をお話ししましょう」


 紅人はプロジェクターと参加者の手元に資料を配る。その瞬間中国とアメリカ代表の顔は凍りついた。


「2年前に行われた安保理で核兵器縮小条約というのが締結されました。これによると米中両国は1年で保有する核兵器のうち半分を廃棄、製造を中止するとしています。昨年両国は公約通り核兵器を破棄したと発表していますがこれはどういうことでしょう」


 紅人の配った資料にはアメリカと中国の保有する核兵器が減っていない写真と偽造された書類が添付されていた。1度でもオンライン上に書類が上がってしまえば覗き見されるのが今の世の中だ。万全な暗号をこさえてるからといって油断してはいけない。


「日本と彼ら、どちらが侵略的思想を持っているかお分かりいただけたかと思います。パールハーバーの返還?訳のわからないことを言わないでいただきたい。これを安保理に提出すれば制裁は免れないでしょう」


 会場ではアメリカと中国に向かってヤジが飛ばされる。


「静粛に」


 大倉がギャベルを鳴らすと会場は静けさを取り戻す。


「しかし、今回の真珠湾飛空母制限条約を原案のまま批准してくれるというのなら1年間の猶予を与えるよう口添えしましょう。私は貴方達のように狭量ではありませんからね」


 米中代表は持っていた資料を握りしめて悔しそうな顔をする。選択権はない。もし、紅人の提案を呑まなければ安保理に不正を提出され、飛空母の制限以上に軍事的にも経済的にもダメージを受けることになる。立て直したばかりの経済が倒れては内戦が起こり国連軍の介入をされることになる。そうなれば今度こそアメリカは日本の傀儡国家となるだろう。


「批准しよう」

「ありがとうございます。皆さんも穴を穿たれないようお気をつけください」


 公開処刑がうまくいったようでその後は反論ひとつ出ず批准することを全ての国が約束した。次の安保理が1ヶ月後なのでそこで可決され3ヶ月後あたりに施行されるだろう。


「以上で予定は終了ですが、何か話しておきたいことはありますか?」


 朝鮮代表がスッと手を挙げて立ち上がる。


「最近我が国の領空に日本軍が侵入することが増えています。今後このようなことがないようにしていただきたい」

「それはどこの島ですか?」

「対馬上空です」

「対馬は歴史的には日本の領土であり、50年前の長崎講和条約においても主権は日本にあると明記されています。居住者の7割が朝鮮国民だからといって領有権を主張しないで頂きたい」


 長崎講和条約というのは50年前に朝鮮が対馬に侵攻したことで始まった戦争の和平条約のことである。結果は日本の大勝で終わっている。しかし、その時の政府が強権的なアメリカに屈したせいで対馬の所有は日本、自治権は共同などと訳のわからない和平をしたせいで未だに問題が絶えない。


「住民投票では我々に併合が希望されていますよ」

「少数派の意見も尊重していただきたい」


 大倉もいい加減にして欲しげな様子だ。時折こちらをチラチラ見てくるが紅人は静観を決め込む。頼り癖がつかれても困るし、これ以上悪目立ちするのはごめんだ。


「怖いもの知らずですね朝鮮は」


 アレクセイがゆるりと立ち上がる。


「ミスター柊は我々でも一目置くお方。大した空軍も持たない貴方達が戦えば甚大な被害は必至ですよ?」

「過大評価しすぎです」

「我々朝鮮軍は不滅である。高々民間軍事会社に負けるほどひ弱ではない!」


 顔を真っ赤にして憤慨するのはなんとも大人気ない。子供のような言い争いにアレクセイはウンザリしていた。


「よくお考えください。日本に侵攻すれば我々フランスも黙ってはいません。5代空戦軍師のうち3人を相手にするほど貴方達も愚かではないでしょう」

「ぐぬぬ……」


 朝鮮代表の進言はかくして退けられた。




 会議が終わると紅人はふぅと息を吐いた。

 皆秘密を暴露されるのを恐れているが紅人もそんなに多くの弱みを握っているわけではない。


「柊、感謝するぜ」

「いえいえ、大人しく批准してくれたのなら突く気はありません。私とて鬼ではありません」


 嘘だとネヴィルは心の中で否定した。鬼という言葉が紅人以上に似合う人をネヴィルは知らない。そして突く気がないということは当然、イギリスが核の廃棄を偽装していることも把握しているのだろう。


 うちの情報部も見習って欲しいもんだ。


「一つ聞きたい。お前は何と戦っているんだ?」

「ここから5年で私は雌雄を決しなければならない者と全て戦うつもりです。そのリストに貴方が追加されないことを祈っていますよ」

「あぁそいつはごめんだ」


 紅人は一礼すると会場を後にする。




 会場を後にした紅人は足早に大鷹まで戻ると艦長室に籠る。

 シャワーを浴びて軽装に着替えた彼は枕の下に初弾を装填した拳銃を忍ばせるとドアをロックし横になる。昨日から気を張り続けていたので、明日に備えて長めに寝る。深夜2時には起きて支度を始めないといけない。それでも8時間は眠れるので万々歳だ。


 これで面倒ごとが減ればいいんだけどな。




 世界空軍会議終了後、米中朝の3カ国は秘密裏に集まって会議を開いていた。


「してやられたな今回は」

「あぁ、腹立たしいことこの上ない」


 アメリカはある程度割り切っているようだが、中国はそうでもないようだ。立て続けに2度も紅人に出し抜かれれば無理もない。


「して何故私がここに招かれたのかお聞かせください」


 話が進まなそうなのを悟った朝鮮代表はアメリカ代表に問う。


「日本を……いや柊紅人に一泡吹かせたくないか?」

「興味深いですね」


 まずは朝鮮代表が食いつく。朝鮮は南北統一後日本を目の敵にしている。内政の不満を外国を侵略することで解消するのは今も昔も変わらない人間の愚かさだ。


「これを見てください」


 アメリカは日本と共同開発したコロッシオンボムの輸送計画をリークした。無論、条約違反であることには違いない。しかし、いざとなればこの外交官の首を切ることで乗り切るつもりだろう。国家のために身を捧げている自覚が外交官にあるのか知るよしもない。


「あらかじめ言っておきますが、リークはダメです。我々の関与がバレるので。ただ、輸送を失敗させればあの悪魔を失墜させることはできるでしょう」

「我々は先日平和条約を結んだばかりですので軍は出せません」

「では私たちが出しましょう」


 どうやら朝鮮が兵を出し、米中が支援するという形で方向が決まったようだ。

 柊紅人の敗北。世界にそのニュースが流れれば一気に世界の勢力図を変えることになる。協商は弱体し、旧常任理事国の復権も夢ではない。一度王座についたものはその味を忘れられず、滅びるまで王座に着こうとする。まるでネロクラウディウスのようだ。



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BLACK HAWK 大原陸 @riku-ohara

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