嘘つき森の焼きたてビスケット

 そういうわけで家族で叔母さんの新居に行くことになったのでした。

 叔母さんの家は少し離れた森の中にあり、深夜三時に車で向かいました。

 家から出られぬ母さんを残し森を目指して自動車は走ります。外は暗く空気は冷たく、私と弟は後部座席でシートベルトを巻き付けあっています。あまりおいしくないからあげとおにぎりを食べなさいといわれましたが食べませんでした。私はあまりお腹が空いていませんでした。

「ビスケット!」私の名前を父さんが呼びました。「冷めてしまうよ! 着く前に食べてしまいなさい」

「ありがとうお父さん」教育の賜です。「だけどお腹がいっぱいなのね」

「叔母さんちに持って行けないよ」

「ご馳走が出るから?」私は想像を膨らませました。「ケーキかな? マドレーヌかな?」

「消化器官を空けておかなきゃ」弟のクッキーが座席でプランクを始めました。私たち姉弟は叔母さんの作るお菓子が大好きでした。情報によると叔母さんの新居はとんがり屋根のおそろしく巨大な外国風住居で、写真で見ると家というよりお城のように私には思われました。屋根と煙突の写真を見つつ、 I imagined the presence of a brick oven.「二人とも起きなさい。着いたよ」

 私とクッキーがドアから降りると目の前がもう森の入口でした。森は黒い輪郭だけでした。森と道路の境界に沿って白く乾いたフェンスが張られてあり、三脚の照明装置が森の入口を白色に照らしていました。森の入口にはバス停が存在し、大勢の大人が列をなしてその場に並んでいました。朝早すぎてバスなんて来ないのに、皆で何かを待っているのかな、何してるのかなと私は思いました。「行きましょ」

「おっといけない」忘れ物に気付いた父さんが声を上げ、急遽父さんは車で家へと戻ることになりました。後で叔母さんちで合流することにして、残念がる父さんの手から水筒くらいのマグライトを受け取り、私とクッキーは父さんを置いていきます。「じゃあねビスケット。クッキー。達者で」

「一生懸命やるわ」父さんに手を振り私たちは森へ踏み入りました。

 夜は寒いです。森の中はそこからさらに寒くて、あはは・あははと私たちは笑いました。背後の照明は私たちを照らしてくれました。顔がどんどん冷えていくので、暖かいコート着ていてよかった、雪の日用のブーツを履いてきてよかったと私は思いました。クッキーは普段の運動靴で来たみたいで、それはそれで歩きやすそうでした。やわい地面はざくざく鳴って、霜柱、凍った落ち葉、腐葉土と石、捨てられた布、数える内に照明の光が少しずつ足下に届かなくなり、やがて真っ暗になり、何も見えなくなりました。「あはは」私は父さんのマグライトを点けました。何となくそこに道があることが判りました。

「どれくらいで着く?」クッキーに訊かれましたが知りませんでした。「この道であってるの」

「道なんてあるの?」適当に歩いて森を抜けたらまた戻ればいいと私は思いました。だんだん空に雲と星が見えて、月で周りが見えるようになってきました。

「叔母さんは元気かな。引っ越して確かな幸せを手に入れたのかな」

「叔母さんちに行くの億劫だよ」クッキーが呟きました。「また女の子のふりをしなきゃだめなの」

「女の子のふりがいやなら男の子のふりをしなよ」

「男の子のふりをするのもやだよ」クッキーが私を見ました。「ビッキーは嫌ではないの?」

 暗い森の木々の間の道みたいな隙間は、上ったり下ったり右や左によれたりしながら草木を踏み分けていました。この道を使って叔母さんは買い物に行くのだろう、好きな人が出来たら服を着て会いに行くんだろうと思いました。前方の闇で音がしていて、目を凝らしても見えませんでしたが、ライトの明かりも届きませんでした。近付くと人間が二人かがみ込んでいて、何か作業をしていると判りました。

「こんにちは」教育の賜です。私の挨拶に二人男が振り向いてこちらを見ました。「何をされてるんですか?」

「標識を立ててるんだよ」トンカチで針金を馴染ませながら低い声の男がいいました。「ここは三叉路になっているから」

「分かれ道で間違えないように看板を立てているんだ」もっと低い声の男がいいました。二人は針金と細い看板を持っていて、既に存在する標識の上に、看板を重ねているみたいに見えました。「君たちは?」

「叔母さんの家を目指してるんです。どっちに行ったらいいですか?」

「左だね」男が指差しました。「右に行ってはいけないよ。崖から落ちて死んでしまうよ」

 礼をいい私たちは左の道を進みました。空は黒く夜はまだ明けないようなので、標識の存在は心強い、明かりも点けずに作業をするのは大変だろう、と私は思いました。二人の男が嘘つきである可能性を隣を歩くクッキーが指摘して、不安を示してきましたが、私にはよく判りませんでした。「どういうこと?」

「看板を付け換えていたよ。右の道が正解だったんじゃない」

「どういうこと」「騙されたんじゃない。正しい看板を隠されたんじゃ」「古くなったのを換えたんだよ」「こんな夜中に?」「ひとそれぞれでしょ」私はいいました。もしもそういういたずらだったとしても、夜が明けたらばれるそんないたずらを、わざわざ大人がするとは思えませんでした。

 歩いていると右手からごうごう音が聞こえてきました。川があるのかと思いましたが、音はその内、だんだんあちらから近付いてきました。振り向くと背後の方、木と木いのずっと向こうを、豆粒みたいなヘッドライトがまたたきながらこちらに迫ってきて、木々の向こうを追い越していきました。

「車だ」

「道があるんだ」びっくりして私たちは光の通った方向に行こうとし、ぼうぼうの草に阻まれながら、どうにか茂みを抜けられる場所を探しました。藪に阻まれ思うよう私は動けなくて、通れる場所を見つけたクッキーが別の地点から私を呼んで、私たちは合流して暗闇の中を進みました。先行するクッキーは小走りで進んでいましたが、声を上げて突然しゃがみ込んでしまって、クッキーのせいで私は前へ進めなくなりました。

「クッキーどうしたの」声を掛けるとクッキーは呻いていました。暗さのせいで私には何も見えませんでした。車のテールライトは既に見えなくなっていました。ごうごういうエンジン音もすぐに聞こえなくなってしまいました。「どうしたのクッキー?」

「痛い」踏んだとクッキーが小声で囁き、私は足下をライトで照らしました。運動靴の足の甲から細い竹が十センチくらい飛び出していました。辺りの地面から細い篠竹が何本も生えていて、竹の群れは先端を斜めの角度で切り落とされていました。切られた竹の鋭利な先端をクッキーは踏んでしまったみたいで、クッキーの靴底は危険物を貫通させてしまったみたいでした。「大丈夫だよクッキー」私は弟の正面に回り込みました(私の靴底は分厚いので安心めでした)。「抜くよ」

 刺さった足を私が持ち上げるとクッキーが大声で叫びました。竹の先端が足の甲から消えて靴の裏から姿を現しました。転ばぬよう手を突いたのかクッキーは左手も竹が突き抜けていました。竹から手袋を二十センチほどゆっくりゆっくり私は引き抜いていきました。「頑張ったねクッキー。痛かったね」泣き叫ぶ弟を抱きしめて慰め、私たちは藪から引き返し元の道を進むことにしました。

 少し行くと道の先に人影が二つ立っていました。

 先ほど通り過ぎた二人組が何故かまた私たちの前方にいて、針金と看板で作業をしていました。

「こんにちはお嬢さん」

「こんにちは」教育の賜です。「助けてもらえませんか。弟が怪我して」

「それは大変」「叔母さんの家か森の入口まで送ってくれませんか」「気持ちは判るよ」「傷が膿むかも知れないんです。汚い破片が傷口に残っているかも」

「僕たちは標識を立ててるんだ」立っていた古い標識を一人が切り倒して一人が新しい看板を木に針金でくくりつけていました。「この辺少し判りづらいからね。枝を切って道を整えてるんだ」「あの」「看板も立てるんだ」「車に乗ってきたんですよね」「車って?」「さっき見えました」「この暗さで?」「道なんてないのに?」「ヘッドライトの光が」「ライト? ライトなら持ってるよ」懐中電灯を向けられたので私は目が焼けました。「ライトが二つで勘違いしたんじゃないかしら」

 私は二人が噓をついているのだと思いましたが、もしかしたら見間違いで車の走れる道なんてないのかもしれないとも思いました。そんな筈はないだろうと本心では思うのですが、少なくとも話を聞く限り、車で私たちを送ってくれる気はなさそうでした。

「包帯や軟膏を持っていませんか」「持ってないよ」「叔母さんの家へ行くんです。どっちに行けば」

「上着をくれたら教えてあげるよ」声の低い方が笑いました。「いかがですか? ご検討下さい」

(酷いことをいわれた気がして私は腹が立ったけれど私たちは元から別に友達でも協力関係でもなくて、この人たちとは思いやり尊重し合えないんだと一度判ってしまうと、それ以上相手に対しては何も抗議することが出来なかった。頼みごとがあるのはこちらの方だったので私は相手に大切な自分のコートを渡した。風邪を引く前に叔母さんちに着いて、叔母さんに会ったらこのことを絶対にいおうと思った。)

「叔母さんの家はどっちですか」

「左だよ」もっと低い声の方が指差した。「右に行ってはいけないよ。そっちに行くと蛇が出るよ」

 クッキーと私はいわれた方に進みました。

 自分が傷つけられたことを認めたくありませんでした。噓をついたり傷つけてくるような人を信じて、自分が傷ついたことを認めたくありませんでした。クッキーに合わせてゆっくり私たちは進みました。慎重に進むに越したことはないという気がしたからでした(遅かったでしょうか?)。

 夜はまだ明けないのかなと思いました。自分たちの歩く右横の森の中を車の音が追い抜いていきました。さっきより音は遠く、ヘッドライトの光も今度は見えなくて、やっぱり車があるんだと思いましたが、冷静に考えると私にはよく判らなくなりました。私が一人で思い込んで勘違いしているだけかもしれないし、今度は私にばれないよう二人男がライトを消して車を走らせているのかもしれないと思いました(そんな馬鹿なことあるでしょうか?)。辛そうなクッキーを見て慎重に歩こうと私は思いました。もう一度弟が怪我したり、私が怪我をしても大変だと思ったからです。

 目を凝らして歩くと闇の中の地面に時々明かりを反射するものがあることに気付きました。拾ってみるとガラスみたいでした。ガラスの破片が道に散らばっていました。私はクッキーに気をつけるよう伝えました。一生懸命私たちは歩きました。本当に一生懸命だとぼんやりしていた時には気づけなかったことに気づくことが出来て、光るガラスとガラスとの間に狩猟用の罠が仕掛けられていることにも気づくことが出来ました。「トラバサミだ」私は叫びました。気づかなければ足で罠を踏み抜いて傷つけられていたかも判りませんでした。私とクッキーは気をつけてガラスの上を歩きました。この道自体が罠なのかもしれませんでした。森は段々丘陵になって、道は上り坂になっていきました。俯き気味に私は歩きました。足下に注意を払いつつ伸びていた邪魔な枝を手で押しのけて、「枝に気をつけて」私は手を離しました。

 クッキーが悲鳴を上げたので顔を上げると今し方押しのけた枝が跳ね返ってクッキーに当たったみたいでした。枝の先にはガラス片が金の針金リボンで結んであって、クッキーの右の頬がざっくり裂けて血を吹いていました。

「クッキー」私は弟に近寄りました(運よく私はガラスに触らなかったようでした)。顔の傷にタオルハンカチを当てながら私とクッキーは涙を流しました。クッキーの顔はどれが血でどれが鼻水かよく判らなくなっていました。「何で?」

 森の斜面を登りながらあの二人は何なんだろう、誰があの罠を仕掛けたんだろう、叔母さんはどうしてしまったんだろうということを私は思いました。クッキーは熱があるらしく小刻みに震え始めました。ガラスだらけの地面を越えると上り坂が下り道になって、落ち葉に滑らないよう、ぬかるみに足を取られないよう、隙を見せて罠にかからないよう、慎重に慎重に私たちは歩きました。坂を下りると木いの向こうに何か黒い塊が見えてきたので、私とクッキーは立ち止まりお互いの手を握りました。生き物のようには見えませんでしたが、距離があって何だかは判りませんでした。辺りの様子を警戒しながら少しずつ少しずつ黒い塊に近付きました。枯れた木や濡れた落ち葉を迂回してようやっと近付くとそれは何かの人工物のように見えました。古くて錆びている金属製の何かが地面から飛び出ているように見えました。何かよく判らないけれど誰かが捨てた粗大ごみかと思い私は前へ進みました。少しいったところにまた違う構造物がありました。「これは何」

「屋根だよ!」クッキーが叫びました。「写真にあったとんがり屋根だ!」「屋根?」「さっきのは煙突だ。叔母さんの家はこの下だ!」傾斜のきつい枯れ葉と泥だらけの地面を見下ろして、この下だ、埋まってるんだと何度も何度もクッキーがわめきました。

「何いってんの?」私はクッキーのいうことが判りませんでした。叔母さんは新居に引っ越したばかりだし家が地面に埋まっている筈がありませんでした。「何いってるの。叔母さんの家を捜すよ!」「噓だったんだ。嘘つかれたんだ」泣いて膝を付くクッキーを私は引っぱたきました。叔母さんの家がこんな画角に存在している筈がありませんでした。もしそうだったらおかしいじゃないかと私は思いました。馬鹿馬鹿しくてお腹が痛くなってきました。「やめてよ!」お腹も空くし寒いし、私は歩き出したかったけれど、クッキーが動かなくて私たちは歩き出せませんでした。クッキーはやがてその場に嘔吐しました。下痢をするクッキーを残し私は地面を靴で掘りました。歩き回るうち丘の反対側に腐りかけた鎧戸とガラスの割れている窓が一つだけ顔を覗かせているのを見つけました。「誰か居ますか! 叔母さん私ビスケットよ!」返事はありませんでした。私は引き返してクッキーにズボンを穿かせました。弱々しく抵抗するクッキーの裂けていない方の頬を抓りました。「情けない! 頑張りなさい!」燃えるように熱いクッキーの体温には気付かなかったふりをして歩き始めました。「ここを離れよう」行くしかないと思っていたのは確かですがしかし私たちはどこへ行くのだろう、どこへ行けばいいのだろう、何をすればいいのだろうと考えると怖くて、「判らない!」「ビッキー。クッキー」お父さんの声が背後からしました。振り向いたけれど真っ暗でした。姿は見えませんでした。「うちに着いたよ。これからそっちに行くよ。しかしうちは暖かくて出掛ける気が失せるなあ」「お父さん」「冗談だよ。叔母さんちにはもう着いたかい? うちではお母さんがいなくなったお前たちの代わりに犬を飼い始めたよ」「そうなの?」「ネオンテトラと二人で名付けた家族以外には獰猛な大型犬さ。帰ってきたら仲良くしなさい」「オーケイ。オーライ」私は返事しました。お父さんの声は音質が低めで、距離があるのは間違いなさそうでした。「ビスケット。クッキー」お母さんの声が上の方からしました。空は夜空で星が見えました。いつになったら夜は明けるのだろう?「お前も五歳になったのだから人生のことを幾らか学んでおくべきでしょう。生きていくのに一番大切なことをこれからお前に教えるからよく聞いて覚えておきなさい。どんな時でも一番最初に頭を下げて、お願いしますといえるようになりなさい」「うん」「はいといいなさい。うんとはいを使い分けられるようになりなさい。面倒がらずに練習しなさい。お前がこれから七十年八十年と生きていくなら出来なければいけないことだ。誰からもこれを教えて貰えず困っている大人は今も沢山いる。お前は今ここで教わってちゃんと覚えておきなさい。相手に何か頼む時でも、お前が何かするという時でも、いつでも最初に頭を下げて、お願いしますといえるようになりなさい。やりたいことでもやりたくないことでも、してほしいことでもしてほしくなどないことでも、してもらって当然ということでも、噓を吐かれて騙されている時でも、いつどんな時でも、相手が誰でも、一番最初に頭を下げて、お願いしますといえるようになりなさい」「一生懸命やるよお母さん」姿の見えない母さんにいいながらお腹が空いたと私は考えていました。今だけ凌ぎたいということを思っていました。手を繋いでいたはずの弟が背後で倒れた音がしました。私は振り向き弟を拾っておんぶしました。くっつけばきっと暖かいと予想したのにクッキーは冷え切っていました。クッキーの目は白目を剥いて舌は口からはみ出ていました。喉の方に落ち葉が入っていました。頬の血は止まっているみたいでした。前だと思う方向へ歩いていると進行方向に二人の男が立っていました。誰にも会いたくないような気持ちと救われたような錯覚に同時に襲われました。看板を既に設置し終えた二人男は私たちの前でからあげとおにぎりを頬張っていました。どうしてそれがここにあるのか。「食べ物をくれませんか」私は頼みました。何か食べれば乗り越えられる、今だけ、今ここだけ乗り越えたいと私には思えました。「もってないよ」二人男はいいました(いっている意味が判らなかったです)。私にあげる分はという意味かもっと違う意味か。唇が乾いて喉もからからでした。一口それをくれればいいのに。やっと言葉が出ました。「お腹が空いてて」「そんなことより弟さんだよ」指を舐めて声の低い方が立ち上がりました。「具合が悪く見える」「病院へ連れて行ってあげる」声のもっと低い方がいいました。「車があるから乗せてあげよう。君は急ぎ叔母さんちへ向かいこのことを電話でご家族に知らせるといい」

 私も一緒に車に乗せてと私がいいださなかったのは二人が噓をついていると思ったからです。噓だ、もう死んでいる、この二人は弟を病院になんて連れて行くはずがないと思ったからです。ああでもいいや面倒だ、嘘だかごまかしだか知らないがいちいち追及するだけ馬鹿馬鹿しいし、もうどうでもいい、預けてしまえということを私は思いました。弟は重くて冷たいけれどずっと背負っていたってどこへ行けばいいか、嘘ばかりつかれるこの森の中でどうしたらいいか私にはもう判らなかったのです。面倒だ、知らんぷりしてしまえ、いう通りにしてしまえと思ったからです。この瞬間を遣り過ごしたいと思ったからです。「決まりだね。お預かりします」弟を抱えて二人の男は真っ暗な森の暗中へ消えていきました。「ビスケット! どこにいるの!」お母さんの声が聞こえます。私はとにかく疲れていました。一生懸命今日もやりたい。今この瞬間をやり過ごしたい。今日だけ乗り越えたい。ここだけ耐え抜きたいと思いました。「家で犬が死ぬよ! 帰ってきなさい! どこに行ってるの!」「ごめんなさい。よろしくお願いします」森のどこかで大勢が談笑する声が聞こえました。ライトも持たずに暗い森で皆が何か楽しそうでした。空を見ると星がまだあって、私はようやくそれは噓の空なんだと気が付いた。森の上にはドームの屋根があって、待っていたって夜は明けたりしない。「ビスケット! クッキー!」母の声がする! 私はとにかく歩くのに忙しくて、誰とも話をしたくなかった。返事をするのが面倒くさかった。一生懸命今日もやりたい。邪魔をしないで欲しいと思いました。「家でお父さんが死ぬよ! 帰ってきなさい! お前はどこに行ってるの!」「どこだろう」私はお腹が空きました。「どこにもお前の味方はいないよ」木と木の間から声がたくさんしました。「誰もお前を好きじゃないよ。お前が喋ると面倒くさいなと皆が思ってるよ。皆お前をどうでもいいよ。どこにもお前の味方はいないよ」「一つだけ私からいえるとしたらですが、人は変わったりしませんよ。人に期待しない方がいいです。どんなに辛くても誰も助けてくれません。変えるとしたらあなた自身を変えるしかありませんよ。そのことを思い出してください」「でもお前はグルーミングには参加しなければいけないよ」「最低限の礼儀として」「挨拶をしなさい」「お前は私たちに敬意を払いなさい」「出てきなさい」「会いに来なさい」「助けて欲しいならお願いしなさい。どんな時でも頭を下げてお願いしますといえるようになりなさい」「でも私たちは最終的にお前の味方じゃないよ」「当たり前のことでしょ?」「一生懸命今日もやりたい」噓だ! 騙されるか! 今日の気分と死にたい。こんな目に遭わされていいことなんかもうあるはずがない。何をやっても楽しくないから一生懸命やってるんだろ。事故で死なないかな。鉄骨や鉄板に押し潰されないかな。「もういい。もういい。やめさせてください。やめさせて下さい。よろしくお願いします」「今日からここで生きていくのよ」仕事は?「仕事って?」何をされるんだろう。どこへ行くんだろう。いつでも、どこでも、何をされても、とりあえず何でも、「どうぞよろしくお願いします」。

 私はこのままでいいんだなと思います。おいしい匂いがする。私は目を覚ましたんだと思います。最近あんまり寝ていないんです。この森では皆が私に噓をつくんです。お腹が空いたんです。食べ物を持っていませんか。教育の賜です。敬語以外で人と話せないんです。もういやなんです食べ物を食べるの。とてもおいしい温かい匂いがする。誰かが炎と光を囲んでいる。人間と一緒に食事をしたくない。自分が醜いことを。人といたくない。何もしたくない。お腹空いた。私は沼に辿り着いたんだと思います(怒らないで聞いていてくれますか?)。嘘つきの森にもっとも暗い沼があって、液晶のかたまりみたいだと私は思いました。臭い沼には人がいなくて、一人ぼっちでした。ほとりにきらきらのリボンが見えたんです。私はそちらに近付くんです。私の背後で皆が見てます。一生懸命今日もやりたい。本当はもう誰にも何もお願いしたくない。近付くと針金の入った金色のリボン、リボンでとめられた包み紙がその場にぽんと置いてあるんです。リボンをほどいて覗いてみるとこぼれるその中身、焼きたてのクッキー。私はそれを犬食いしました。「嘘つきめ!」嘘つきは私です。背後から笑い声がする。嘘つきだったので全員から笑われてしまったのでした。

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短編 @konakemuri

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