5年後(4)
座っている女性に僕はあやまる。
コーヒーは女性の手の中で守られたがトレイにのった食べかけのクロワッサンは皿と一緒に床に落ちた。
幸い皿はプラスチック製で割れなかったが派手な音を立て他の客の注目を浴びる。
恐縮する僕を女性は「大丈夫ですから」と繰り返すが、そんなわけにはいかず新しいクロワッサンを注文した。
「逆に悪い感じだわ」
新しい皿を受け取りながら女性は言った。
その顔をどこかで見たことがあると思った。
自分でも気づかないうちに女性を必要以上に見入ってしまったようだ。
彼女が怪訝な顔をしたので僕は慌てて「じゃこれで、ホントすみませんでした」とその場を去ろうとした。
「待って」
後ろから呼び止められる。
なぜ承諾したのか分からない。
僕は吸い寄せられるように彼女の向かいの椅子に腰を下ろしていた。
飲みたくない三杯目のコーヒーが目の前にある。
女性がクロワッサンのお礼にと買ってくれたのだ。
これじゃ意味がない。
「私の連れが来るまで相手をしてくれない?」女性はそう言った。
連れは男だろうと思った。
「ねえ、あなたは雨の日は好き?私は好きよ、雨っていろんなものを隠してくれる感じじゃない?」
「雨が隠す?変わった表現ですね、雪なら分かる気もするけど」
共感しなかったのに女性は満足そうにうなずいた。
「私ね、ある人の秘密を知ってるの、その秘密を聞いてくれない?今日は雨だからきっと大丈夫だと思うの」
なんだかよく分からない人だなと思いながら「ある人って?」と訊くが僕の質問など聞いていないように女性は話し出した。
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