5年後(3)
あれからいくつもの人身事故の現場に立ち会った。
初めて散らばった遺体を拾ったときは、何度も胃液を足元に吐いた。
数日間固形物が喉を通らず、肉は三ヶ月間食べられなかった。
あの時は本気でベジタリアンになろうかと思った。
夏の暑い盛りの事故なんかは最悪だ。
それでも五年前のあの人身事故のことを今でも忘れないでいるのは、あれが僕の初めての経験だったからだろう。
そのあとに経験した事故の中でもかなりあっさりしたものだった。
事件性はゼロで目撃者の証言一致の飛び込み自殺。
死んだ男の同僚たちの中には首をかしげる者もいたが、よくある働き過ぎ症候群による自殺だと思われた。
電車の投身自殺の大半はそれだった。
僕は今年死んだ男と同じ二十八歳になる。
意識的に休日を充実させようとしているのはそんな働き過ぎの男たちの死に数多く立ち会ったからかも知れない。
ふとあの時の若い運転士の白い横顔を思い出した。
彼は今もあの路線を走っていたりするのだろうか。
一人前の運転士になっただろうか。
年間に五?六百件はある電車の人身事故だ、きっと今は飛び込みの一つや二つ動じない逞しい男になっているはずだ。
名前も知らない男だがあの時お互い新人だったいうことで僕のなかで連帯感というか親近感とういかそんなものが勝手に湧いていた。
霧のようだった雨が本格的な雨になってきた。
ひどくならないうちに家に帰ったほうがいいかも知れない。
僕は席を立った。
そのとき自分の肘が立てかけた荷物にあたり釣り道具が床に倒れる。
倒れるとき近くのテーブルにぶつかった。
「す、すみません」
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