第6話
「生存者はこれだけかっ!」
端正な貌立ちの若い『冒険者ギルド』職員がそう怒鳴りつけるように叫ぶ
表情は若干ではあるが苛立たしげなものが、そこには含まれていた
視線の先には、貌は汚れ衣服はぼろぼろに破けたり血や汚物に染まった男女の
子供を含んだ生存者が集められていた
老人や乳飲み児を抱かえた女達誰一人として目途が立たない状態で
生存者達は虚ろな瞳でその場にうなだれていた
この『異世界』では魔物の襲撃―――群れたゴブリンの襲撃で集落が
壊滅することは、特段珍しいことでは無かった
ゴブリン1〜2匹であれば単体でも軽く倒せるほど弱く、力自慢の
村人でもなんとか倒せる程度だ
立ち向かって乗り越えられる簡単な障害物程度の魔物、それが
ゴブリンだ
その上、討伐報奨金も低く冒険者稼業の玄人からは獲物
扱いさえされない
冒険者登録をした駆け出しでさえ、討伐報酬が少ないため軽視して
依頼を引き受けることをしない
そのため、冒険者の獲物としての需要はないにも等しく 結果として
放置される恰好になっている
ゴブリン討伐の依頼者の多くが経済力のない貧村であることから、
報酬が安いため冒険者登録をした駆け出しは安全で稼ぎの良い
採取依頼の方を好み、ベテランや高ランク冒険者は
迷宮探索やゴブリン以外の報酬が高い魔物討伐に向かう
また最下級魔物として知られている事もあってか、『異世界』の
国々はゴブリン討伐のための予算を計上・提供することはしていない
それ以上に脅威となる魔物や敵勢力が数多いため、軍を動かすほどの
必要性はないと考えており、冒険者を用いることで
十分対処可能との認識によるものである
脅威ではないため魔物に、治安維持や軍事予算を割く必要は
無いとの理由からだ
しかし、熟練の冒険者でも場合によっては死に至る可能性がある
依頼を受けた新米冒険者は知識不足・経験不足から舐めてかかり、
ゴブリンたちの餌食となり死んで しまう事例が多いのが現状である
「一列に並んで、馬車に乗ってくれ!」
40代前後の野生的といった風情の風貌の『金』等級冒険者、
アーネストがそう声を張り上げる
が、その声は切羽詰まったように震えていた
アーネストの傍らに立っていたもう一人の冒険者も貌を
険しくしていた
一様に暗い表情をする生き残り達はゆっくりと立ち上がって、
言われた通りに一列に並んでは馬車へと乗り込んでいくが、
その足取りは重い
「こいつぁ、集落一つ襲撃した割にはゴブリンの数が
桁外れに多すぎる……。
まさか『アレ』もいるのか?」
アーネストの傍らに立っているの冒険者が、そうぼやく
「厄介な『上位種』が紛れ込んでいるのかも知れねえ
リオネロ、そろそろ『青銅』級『鉄』級の
ひよこ共もそろそろ引き上げさせる準備をさせろ」
アーネストが傍らに立っている冒険者、リオネロにそう
指示を出した
言葉の中には、恐怖に近いものが含まれおり
少し語尾が震えている
その震えは無理もないことだった
ゴブリン1匹ならたいしたことはないが、群れをなしている場合は
複数の人員を要して対するのが常識だ
最低でも6人程度の人員が必要になるのだが、昨今の冒険者事情では
そんな常識を守っている者など皆無に等しいのが現状だ
「お前はどうすんだ? 殿を引き受けるのか?」
リオネロがアーネストにそう声をかける
「ギリギリまでな
ナナシやゴンザレスの腕前は信用しているが、なにせ
『冒険者階級』は『青銅』だ
新米を危険な殿をやらせる訳には行かねえ」
アーネストが険しい貌のままリオネロにそう答えつつ、頭を
ぼりぼりと掻いて軽口を叩く
「確かにあいつらは、『青銅』だもんなぁ」
それを聞いてリオネロは笑い出しつつ、他の冒険者達へ
向け声を かけ始める。
声には侮辱や見下した様子はなく、むしろ親しみと実力を
認めるような雰囲気があった。
ゴンザレスは生存者達が、馬車へ乗り始める様子を横目で追いつつも
周囲の警戒を怠ることなく続けた。
冒険者ギルド職員も同じように周囲を警戒しつつ乗り込む準備をしつつ、
冒険者達へ指示を出していた。
『 こちら武装偵察部隊『スコーピオン』 本隊、応答願う 』
その時、この『異世界』へ持ち込めた携帯無線機から、抑揚のない
硬質な声が発せられた
「こちら本隊 感度良好」
若干緊張した調子の声で、ゴンザレスが無線で応答する
携帯無線機は『転移』時に持ち込めてた装備品でもあるためか、どのような
理屈があるか不明だが、この『異世界』で電波の送受信が
可能となっている
『監視担当区域内で、さらに別のゴブリン集団を捕捉。
進軍先は作戦継続中の本隊 へ進行中。
規模はおよそ8000匹で、オーガやトロールと思しき巨体も確認できる』
無線機から抑揚のない硬質な声が響く
ゴンザレスは思わず舌打ちをしつつ、視線を 周囲一帯へと
慌ただしく移す
「本隊、了解した。
『スコーピオン』は、勢力圏外まで撤退し隠密体勢に移行せよ」
苛立ちを隠そうともせずゴンザレスは無線機へと指示を出すと無線を切り、
現状について深く考える
集落を蹂躙するゴブリンの数は不明だが、そこにオーガやトロールという
RPGゲームやラノベ定番の魔物が含むゴブリン軍勢8000匹が
侵攻して来ているとなれば、早々に離脱しなければならない
『 こちら『ナナシ』 ゴンザレスへ 至急応答求む !』
再び無線機を通して、今度はナナシからの無線が入った事により
思考を中断する
何かしら想定外の事態に陥った可能性があったのか、その声は慌てていた
「 こちら『ゴンザレス』 ナナシ どうした?」
ゴンザレスはナナシの声の変化を聞き取ってか、肚に力を入れて
無線機に応答する
『集落の井戸水付近で、厄介な『上位種』を確認!』
その緊迫した声を聞き、貌から血の気が引くのをゴンザレスは感じつつ、
怒鳴る様に尋ねる
「こちら『ゴンザレス』「ナナシ」ヘ!!
発見した『上位種』ゴブリンの種類と数は何匹だ!!
大きさはどの程度だ!!」」
ゴンザレスがまくしたてるように問いかけると同時に、無線機から
ナナシの声が返ってくる。
『こちら『ナナシ』 「ゴンザレス」へ!!
『上位種』は『黒』ゴブリン、大きさは『小型』で単体だ!!
生意気にも用心棒兼護衛として『渡り』ゴブリンを2匹ほど
侍らしてやがる!
間違いなく、今回の大群による襲撃は間違いなくこいつらだ!』
ナナシの報告を聞いたゴンザレスは、報告の一つ一つを確認しつつ
背中を冷たい汗が伝う感覚に一瞬身体が固まるのを感じた
「こちら『ゴンザレス』 「ナナシ」ヘ!
『黒』ゴブリンは、ゴブリンの種類で脅威な個体だ!
なるはやで『排除』しろ!」
無線越しで思わず焦った声で張り上げる
『こちら『ナナシ』 なるはやって‥
お前、今そんな悠長に『排除』している状況じゃねえだろ! 』
ナナシが同じく無線越しにだが怒鳴り声で返事をする
「『ナナシ』へ 偵察部隊が別のゴブリン集団を捕捉した
オーガやトロールと思しき巨体を含んだ8000匹が、こっちに
進行中だ。
俺の予測では最悪最短で、今日夕刻に遭遇する可能性がある」
ナナシの声を聞いたゴンザレスが、怒鳴り返しながら
現在状況を伝える
『 シビれるスケジュールじゃねぇか。了解!
『ゴンザレス』へ! 『ウィルス隊』もしくは『デニーロ隊』から
何人か右側側面に至急回してくれ!!
逃げ遅れている奴が数人居るんだ!!』
ナナシは落ち着いた声で返事を返しつつ、集落の生存者確認を指示した
それを聞いてゴンザレスは一瞬難しそうな表情を浮かべたが、小さな
口笛で合図をした
警戒態勢中の『ウィルス隊』『デニーロ隊』の『召喚人』が、視線を
ゴンザレスへ素早く向けてきた
ゴンザレスは素早くハンドシグナルで、生存者保護の合図を返した
すると『ウィルス隊』と『デニーロ隊』からそれぞれ1体、親指を立て
駆け出した
その動きは見事なもので、ウィンチェスターM1866を構えつつ周囲を
警戒して走り出していった
「 『ナナシ』へ そちらに『ウィルス隊』『デニーロ隊』よりそれぞれ1体を
送り出した! そっちは、『黒ゴブリン』の『排除』に全集中しろ!
―――アーネスト!! いつでも避難できるように準備しておいてくれ! 」
ゴンザレスは無線機に向けて指示を伝えると、素早く振り向いて
後方の冒険者達に怒鳴り声を上げた。
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