後編


 だがまぁ、それは『人それぞれ』という事で、あまり気にしていない。


「そういえば。ゲームにはまって、ほとんど家から出ていないって兄さんが言っていたっけ」

「そうなの?」


 そう聞くと、友人は「うん」と頷いた。


「それって、引きこもりじゃない?」

「いや、仕事は基本的に在宅だから……って言っていたし、買い物のも大体ネットで済ませているみたい。ほら、ネット上だと『おうちで出来る運動』なんて言うのも調べられるし」


「たっ、確かに」

「だから、せいぜい移動はゴミ捨て程度って言っていたっけ?」


 やるべき事はちゃんとしている……というのであれば、後は本人次第という事だろう。


 つまり、外部の人間がとやかく言う事ではないというワケだ。


「それにしても、そんなにのめり込む程なのね。知らなかったわ」

「うん」


 友人のお兄さんの姿を見た事はあるが、年がかなり離れている事もあり、話をした事はない。


 ただ、実家から離れて一人暮らしだとは聞いているが……。


「ただね……」

「ん?」


 なぜか友人は考え込むように下を向いた。


「ここ最近、ちょっと色々あって」

「?」


「兄さんは、ちゃんと仕事もしているし、このゲームにのめり込む事を『趣味』と位置づけるとしたら、それも充実している。傍から見れば『充実している毎日を送っている』と思う。私も、やるべき事はちゃんとしているからと思っているんだけど……」

「ああ」


 友人の言いたい事は……何となく理解出来る。


 つまり『このままでいる』という事が「友人の兄にとって幸せか」という話なのだろう。


「それで、母さんが勝手に結婚相談所に登録しちゃって兄さんと盛大に喧嘩しちゃってね」

「あらら。気持ちは分からなくもないけど、そういう事をする場合はちゃんと相談しておかないと」


 いくら家族とは言え『親しき仲にも礼儀あり』というヤツだろう。


「兄さんが怒ったワケは分かる。私だって、勝手にそんな事をされれば怒る。でも、兄さんの年を考えるとそろそろ……とは思う。ただ……とも、思っちゃって」

「まぁ……そうね」


 当然、友人のご両親の言っている事も理解出来る。それに『親の心、子知らず』なんて言葉もあるくらいだ。ただまぁ、なんであれ、基本的に親は子供の幸せを願っている。


「そんな事を考える始めると、色々と考えちゃうんだよ。確かに、今の兄さんは『幸せ』なんだろうけどさ。それでも、ずっとこのままでもいいのかな……って」

「…………」


「ネットとかゲームとかってさ。確かに便利だけど、ずっとそれに頼りっぱなし、浸りっぱなしって……いいのかなって、それが『本当の幸せ』なのかな? って、頭の中で色々と考えちゃって」

「――随分と深い事を考えているのね」


「だってさ。このままで大丈夫……とは、どうしても思えなくて」

「そりゃあ、そうでしょうね。人間は否応なしに年を取るんだから、ずっと将来の事は考えなくちゃいけない」


「……将来」

「でも、お兄さんもさすがに考えなしではないと思うわよ?」


「そう……かな」

「気になるなら、一度聞いてみたら?」


「え」

「もしかしたら、その時は言いたくても言えなかったけど……とか、親にはまだ言えない……って事もあるかも知れないじゃない」


 私はそう言いながら、水筒の飲み物を飲んだ。


「……確かに、それはあるかも」

「それに、お兄さんは一人暮らしなんだし、あなたが見ている姿がお兄さんの全て……ってワケでもない。意外にちゃんと考えているかも知れないわよ?」


 そう言うと、友人は「そうかな」と言いつつも、どことなく何かを決心したように「帰ったら、早速お兄さんに連絡をしてみる!」と言って、荷物をまとめた。


 元々、お弁当箱くらいしか出していたかったのだが、あっという間に片付け終え「じゃあ!」と言って足早に帰って行った。


 そんな友人に対し「うん、じゃあ」と私もそれに応じて、片手を軽く振って見送った。


「…………」


 一人残った私は思わず「相変わらず、騒がしいわね」と、独り言を呟いた。


「それにしても、幸せ……ね」


 一言で表現しようと思うと、なかなか難しい。


 それに、この『幸せ』というのは『人それぞれ』ではないだろうか……と、私は思う。


「私の幸せは……なんだろう」


 ――なんて、私もふとそんな事を考えて空を見上げた翌日。


「やっほー! おはよう!」

「おっ、おはよう」


 朝から珍しく早起きをし、さらに満面の笑みを浮かべ、嬉しそうな雰囲気が溢れんばかりの友人を見た瞬間。


 私は「あっ、なんか良いことがあったみたい」という事は、よく分かった。


「本当に分かりやすいなぁ」


 思わずそう呟いてしまったのだが……。


「?」


 どうやら友人の耳には届いてはおらず、またその様子があまりにも面白く、私はさらに笑いそうになってしまったのだった。

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