第5話


「……います。いえ、正確には『いました』という表現になってしまいますが」


 少しの間を置いて、母はそう答えた。


「そっ、そうなの?」


「ええ。母さんに止められていた……という事もあって、今まであなたには話したことなかったのだけれど」

「…………」


 母曰く、母には『年の離れた二人のお姉さん』がいたらしい。ただ、そのお姉さんたちは母がまだ幼い……それこそ記憶にないほど小さい頃に亡くなってしまった様だ。


「でも、それが一体どういう関係が?」


「結論から言いますと……関係大有りです。ちなみに、お姉さんたちの亡くなった『原因』は知っていますか?」

「えっ、ええ……確か一番上の姉は『不慮の事故』だと」


「それは『崖から落ちた』という事ではないですか?」

「!!」


 私はその人の言葉にハッとした。その状況はまさしく『写真に写っていた状況』だったからだ。


「えっ、ええ。母はそう言っていましたけど……」


 ただ母には『写真』がただ「風景が写っている」としか思っていない。だから、その人がなぜそんな事を言っているのか分かっていない様子だ。


「……なるほど。そして、お嬢さんの方は……見たんですね? いえ、正確には『見えてしまった』と言った方がいいのでしょう」

「…………」


「え? 見えてしまった?」

「……さっきお母さんが言っていた『崖から落ちた状況』を……だよ」


 私の言葉に母は「信じられない」といった表情を見せた。まぁ、当然の反応だろう。


「えっ、でもあれは不慮の事故だって……」

「その当時は、今の様に防犯カメラなどが普及していたワケではなかった。しかも、不意打ちで突き飛ばされたのであれば、抵抗した跡もなかったのでしょう」


 だから、あの写真に写っていた人の『事件』は『事故』として処理されたのだろう。


「じゃっ、じゃあもう一人の姉が亡くなったのは……」

「それこそ『不慮の事故』ではないでしょうか。ただ、今の話を知った状態では『因果応報いんがおうほう』とおっしゃる方もいらっしゃるかも知れませんが」


 因果応報。それは善い行いをすれば良い結果が得られ、悪い行いをすれば悪い結果をもたらす……という意味の四文字熟語だ。


「…………」

「…………」


 確かに、今の話を聞いていると……そう思われても仕方がないように聞こえてしまう。


「でも、それじゃあどうして私に?」


「……それを説明するには、まずお嬢さんが見つけたのが『写真』だった……という事が関係してくるね」


「写真だった?」

「そう、そもそも『写真』は食べ物や風景を『記録する』という場合がほとんどだけど。他にも『メッセージ』という側面もある。これらは『コンテスト』とか『芸術』として見られる事が多いんだけど、今回は後者の『メッセージ』として取ることが出来る」


「メッセージですか」

「うん、お嬢さんに危険が迫っている……っていうね。自分と同じ……もしくはそれに近い何かが起きるって」


 その人は「よっぽど嫉妬深いんだね。二番目のお姉さん」と言ったところを見ると、その人が母に『嫉妬』した結果……なのだろうか。


「…………」

「…………」


「しかも、この写真。最初に燃やしちゃったでしょ? だから、彼女たちはお嬢さんの前に現れ、行動した……二人ともね」


 そう言われ、私は包帯が巻かれている首元に手をやった。


 彼女たちが私にあの日以降何もしてこないのは、今ある『写真』に対しては、燃やしたりましや破ったりもせず、何もしていないから……という事なのだろう。


 どうやら最初の対応が間違っていた様だ。


「えっ、じゃあ……娘がこんな目に遭ってしまったのは、写真を燃やしてしまったから?」


 だから、母は少なからず動揺していた。


「まぁ、しかるべき対応を取らなかったから……っていうのが、原因だけど。あなたたちがそうしなかった事に関しては、仕方ないと思うよ。だって、胡散臭いでしょ? 僕がこう言っちゃなんだけど」


 そう言ってあっけらかんと笑っていたけど、こんな体験をしてしまうと……とても笑えない。


「とりあえず、写真はこちらでしかるべき処置をした上で処分させてもらいます。これでもう『写真について』は大丈夫。ただ……」

「??」


 なぜかその人はそこで言葉を切った。


「いえ、何かありましたらこちらにまたご連絡ください」

「はっ、はい」


 その人はそう言って『名刺』を母に渡した。その代わり、私たちは『写真』をその人に渡し、その部屋を後にした――。


 そして、結局。


 あの人の元を訪れて以降、首に残っていた『痣』はキレイに消え、私は何事もなく大人になった。


 ただ、一つあの人が言っていた「ただ……」の後に続く言葉が、今になって分かったような気がしている。


 あの人は多分。


『ただ、写真そのものは消えてなくなっても、その時見たモノは忘れられない』


 そう言いたかったに違いない。


 現に私は、写真がなくなり、大人になった今でも、ふとした時。あの時見た彼女たちの二つの……全く違う『笑み』が忘れられないのだから――。

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