第4話


 僕たちは『その声』に従ってなんとか『ある場所』にたどり着いていた。


「はぁ……はぁ……」

『ハッ……ハッ……』


 ここまで結構な時間と距離を走り続けたせいか、僕もカミエルも息を切らし、その場で座り込んだ。


「はぁ……ここまで来れば……大丈夫……かな?」


 彼にそう言われて僕はようやく「あっ、そういえば……あの熊は?」とふと思った。

 もし、僕がカミエルと同じように話せていたとして、こんな事を言ったら、多分。カミエルに「何を言っているんだ?」と言われていただろう。


 そういえば、途中で何かに足を取られたのか『うめき声』が聞こえた気もするが……そんな事を気にしている暇はなかった。


 多分、その時の僕は『熊に追われていた事』を忘れてしまうくらい、必死に走っていたのだろう。


『…………』


 この地は、人間のみならず僕たち『野生動物』にも厳しい。


 それは僕自身が身を持って体験している。多分、僕たちを追って来た『熊』もそんなこの土地の洗礼を受けた一匹だったのだろう。


「それにしても……ここが」


 カミエルは、周りを見渡しながら何やら感動しているようだ。僕たちにとって『森の緑』なんて見慣れた景色でしかないけれど……。


「……」


 どうやら彼にとっては違う様だ。


 ここが『カミの伝承』の発祥の場所と言われている。キレイな水、今は青々した緑が印象的に映るかも知れないが、時期が変わればまた違った顔を見せる。

 親から……いや、群れからはぐれてしまったあの時、僕も最終的にここにたどり着いた。


 でも……僕はそこで意識を失った。


『…………』


 意識が遠のきながらも僕は「次に目が覚めた時、僕はきっと違う場所にいるだろう……」なんて……今思い返してみると、なんてのんきに考えていたのだろう……と思う。


『そういえば……』


 あの時も『女性の声』が聞こえた。


 そう、熊から逃げようと必死に走り始めたくらいの時からここに来るまでの間、ずっと聞こえていたあの『声』に……。


『結局、あの声は一体……』


 なんだったのだろうか。もしかしたら、あの『声』が『カミ』のモノだったのかも知れない。


『まぁ……いいか。なんでも……』


 気にする必要はない。


 これから生きていく上で必要な事でもないし、気にしてはいけいない。知ってはいけない事の様にも思える。


「俺さ……」

『?』


 突然、カミエルは水面を見つめながら僕の隣に座り……何やらポツポツと語り始めた――。


 その内容は『彼がここに来た理由』だったけど、その話はどれも僕には理解が出来そうにないモノだ。


 だって、僕はそんな『周りを気にしすぎてしまう』とか『自分自身について』なんて、そもそも気にした事がない。

 そんな事を気にしてもしょうがない……というのもあるし、周りの事を気にしていたら生きづらくて仕方がないだろう。


『……そうか』


 だから彼は……彼ら『家族』はこんな場所に引っ越してきたのか。


 彼らは生きづらくて生きづらくて仕方がなくて……だったらのいっその事……ワザと人里から離れた場所を探して……。


「ここに引っ越して来てよかった。君みたいに仲良く出来る存在が出来て」

『…………』


 僕は「いや、決して君と仲良くしたくて後を追ったわけではないのだけれど……」と思った。


『まぁ、いいか』


 無表情だったカミエルが今は僕のとなりで楽しそうにしているし、少しくらいなら……としっぽをパタつかせ、水面をジーッと見つめた。


■ ■ ■ ■ ■


『…………』


 あの『熊騒動』の後。僕はカミエルの家でご厄介になる事……なんて事はなかった。

 だからと言って、僕は別に気にしていない。

 そもそも、僕は野生動物で……僕がいつ襲うか分からない危険な存在なのは変わらない。


『……はずなんだけどな』


 でも、彼があの池に来た時はなぜかいつも僕の『となり』で座っている。


 ただ今の僕たちって、見る人が見ると「危ない!」と言ってきてもおかしくない状況だと思うけど……。

 それに、僕は決して自発的に彼の隣に座っているわけではなく……彼の座っている場所がちょうどいい感じに日が当たるのだ。


 僕はいつも『同じ場所』で寝ているし、そこに彼がたまに来る……それだけの話で……だから……あれだ、僕のいい場所の『となり』に彼がちょうど座るから、懐いている様に見えるだけだ……うん。


「ん? どうした?」

『……』


 ――決して懐いたわけじゃない。


「だから……どうかしたか?」


 ただ前みたいな事があっては困る。あの時に聞こえた声がこの池に伝わる『カミの伝承』に関わるモノだったのなら、その『カミ』がカミエルを生かそうとしたのだろう。


 もし、そうだったらなおさら気にしなければいけない。僕は多分、その『カミ』にたくさん『借り』がある。


『だから、カミエルの隣にいるだけだ』


 そう自分に言い聞かせ、僕は何事もなかった様に彼の『となり』でもう一度眠りについた――。

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