第3話


 子供の年は見ただけでは……僕には分からない。ただ、彼が成人をしていない子供という事は分かる。

 まだまだ『幼い』という雰囲気……というのもあるが、結局のところ。明確な理由はない。


『それにしても……』


 一体、この子供は……いや、確か『カミエル』と言ったか、彼は『何を目的』に歩いているのだろうか。

 あてもなく歩いている……という感じもするが、それにしてはさっきから「あれ? どこだ?」とか独り言を言っている。


『ここは……』


 一度、きちんと尋ねてみるのもありかも知れない。


 どうせ僕の声なんてただの鳴き声にしか聞こえないだろうから。ついでに一回、八つ当たりもかねて服を引っ張ってみるか。


 彼の着ている上着は、なんとも引っ張りがいのあるつくりをしている様だ。きちんとボタンを留めていないから僕の前をヒラヒラとして、正直なところ気が散って仕方がなかったのだ。


「うわっ!」


 さすがに思いっきり引っ張り過ぎたのか、彼はその場で転びそうになった。


『しまった……やり過ぎた』


 そこまで思いっきり引っ張るつもりはなかった。


「なっ、なに?」

『…………』


「あぁ、どこに行くのかも分からないのに歩いているのが不思議って言いたいのかな?」

『……』


 この際「なんで通じたんだろう」と思わないでおこう。カミエルがそう解釈してくれたのであれば、こちらとしても好都合だ。


「うーん、実はさ。ここら辺に『池』があるらしいんだよね」

『……確かに、この森の中には池があるけども』


 どうやら彼は『池』に向かっているようだけど……正直な話。彼が歩いている方向と、池の方向は真逆もいいところである。


『つまり……』


 彼は『池』の場所を知っていた訳ではなく、ただ当てもなくこの森の中を歩いていただけらしい。


『……』


 こんな「一度も来たことのない森を歩く」という事は、どう考えても自殺行為としか思えない。

 そういえば、今は感情が乏しくはあるがまだ『無表情』ではない。でも、さっき見た時の『無表情さ』を思うと……どうもなぜ彼はここまで自分を危険にさらそうとしている様にしか思えないのだが……。


「……」


 不思議に思ってチラッと彼の方に視線を送ったが、どうやら答えるつもりはないらしい。


「……君は、ここに『カミの伝承』があるって知っているかい?」


 代わりに彼は、僕に向かって問いかけるように言ってきた。


『当然……知っている』


 だって、僕が今生きていられるのも多分ではあるけど『それ』のお陰だ。人間たちが『カミ』と言っている『その存在』が僕を助けてくれた。


 でも、僕は『それ』の正体は知らない。


 ただ、人間たちのうわさで聞いた事があるのは……その『カミ』と呼ばれるモノは、人間が嫌いらしい……ということくらいだ。


 それは、人間たちのしていた噂話だから彼のご両親も当然、知っていてもおかしくないはずだけれど……。


「父さんも母さんも……その話は知っているけど……」


 だからこそ、彼のご両親は「自分たち以外いないから……」とワザワザここに来ることを決めたらしい。


『……』


 人間たちの事情なんて僕は知らない。彼にも当然そういう『難しい事情』を抱えて人里離れた場所にきたのだろう……なんて思っていると……。


『……!!』

「どうした?」


 突然、僕の耳に聞き覚えのある『うめき声』が聞こえてきた。


 そういえば、今の季節はちょうど『春』だ。だから、動物たちも冬眠を終えて続々と目を覚し、行動を再開する。


『でも、出来れば違うヤツがよかったな』


 ミカエルをかばう様に僕は、目の前に現れた『黒い大きな塊』を威嚇した。


「えっ……くっ、熊?」


 そう、僕たちの目の前に現れたのは『大きな熊』だったのだ。


『普通ならこんな山の下の方には降りてこないんだけど……』


 どういう訳かその熊はこんな山の下の方まで下りてきてしまっている。しかも、冬眠から目覚めたばかりなのかその熊はかなり興奮している様だ。


「……」

『……っ、ゆっくり後ろに下がって……走れっ! 早くっ!』


 僕は怯えきっているミカエルの服をもう一度思いっきり引っ張り、走るよう促した。このまま何もしないわけにはいかない。

 彼は体勢をくずしかけ、少しよろめきながらも後ろは振り返らず、僕の後ろについて必死に走った。


「こっち……」


 そんな時、僕の脳裏に何やら『声』が響いてきた。性別は……多分、女性だろう。それに、今の僕たちに『頼れるモノ』なんてない。


 とりあえず、僕は『それ』に従って『声のする方』へと走り、ミカエルも困惑しながらも、僕と一緒に方向転換し、一緒に『声のする方』へと走って行った……。

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