後
その後、俺はお店の人から色々話を聞き、夢の中で現れていた『女性』が自分の『妹』だという事に気が付いた。
思わぬ再会に、驚きと嬉しさにこみあげ、妹に近づこうと目の前にある川を渡ろうとしたが……妹はそんな俺をワザと突き放した。
『こっちに来ては……ダメ』
なぜそんな事を言うのだろう……とその時は思ったが、今にして思うと、多分。妹の前に流れていた川が『三途の川』というモノだったのだろう。
だから、その川を渡り切ってしまうと……俺はあの世に行ってしまっていた……はずなのだが、実はその夢を見ている最中にまたも俺は『火事』に巻き込まれていた。
傍から聞いていると「なんで他人事の様に言っているの?」なんて言われそうだが、残念ながら俺はその時の事をあまり覚えていない。
本当に運がよかった……としか言いようがないが、俺は火事が起きた時、偶然目を覚まし、とりあえず必死に逃げたのだ。
だが、逃げた後の記憶がない。
でも、あの時の火事の後も今回の火事の後も常連のみなさんのおかげで俺は今。生きていられるのだ……と実感できる。
本当にありがたい話だ。そして、俺は今日……退院する。
「なぁ……」
なんの偶然か、俺が入院していた病院はかなり豪華だったらしく、敷地内には大きな桜の木があった。
それを見ていると、ふと思い出す。ついこの間まで忘れていたはずの『妹の記憶』が……。
「お前がいなくなって随分と経つけど、なんだかんだで色々覚えているもんだなぁ」
そう言って見上げた先には、大きく見事な桜の木が立っている。その枝先にあるのは小さく無数についている可愛らしい花たちだ。
風が少しでも吹くと枝が揺れ、花ビラがヒラヒラと舞い落ちる。その姿はとても儚くも美しい。
「…………」
ある桜の名前が由来の俺の妹も、可愛らしい見た目ではあったが、まだ両親が健在の時、家族で集まったお花見の時だけに見せる着物姿がとても美しかったのを覚えている。
でも、手放しに誉めるまくると逆に恥ずかしがり、俺の隣に座り、ギュッと俺の着物の端を掴んで、顔を隠していた。
本人は照れ隠しだったと思うが、その反応が周りの人たちはさらに「かわいい」と盛り上がり、さらに妹は顔を真っ赤にしていた……。
思えば、それからだろうか……妹が俺の隣にいる事が多くなったのは。
いや、それもあったがやはり両親が亡くなってから妹はさらに俺の隣にいる事が多くなり、俺も妹の隣にいる事が多くなった。
周りからは『過保護』とも言われたが、妹が隣にいるとさらに「しっかりしなくては」という気持ちでいたのは確かだし、今となっては『過保護』だったかも知れない。
「…………」
でも、そんなに隣で一緒にいたはずなのに……最期はとても悲しく儚かった。それはもう……俺の記憶を奪ってしまうほどに……。
「……元気にしているか? 吉乃」
俺はそう雲一つない空に向かって声をかけた。でももう、そんな妹は俺の隣にいない。今までもそうだったが、覚えているのといないのとでは話は全然違う。
「……」
空に向かって言った言葉に返ってくる声はない。
しかし、それでいいのだ。たとえ聞こえなくてもいい……届いてなくてもいい。ただ……俺がそう言いたかっただけだ。
自己満足と言われてもかまわない。
でも、言いたかったのだから仕方がないだろう……なんて思っていると……突然、突風が吹き荒れ、桜吹雪が舞った。
「……!」
なんとなく……ただなんとなく『大丈夫、私が隣にいられなくても、私はいつでも見守っているよ』と言われている気がした。
「……」
そんな話をしたら、またなんて言われるだろう。入院中も妹の話をし過ぎてお見舞いに来てくれた人を困らせてしまったほどだ。
でも、こんな応援をされては前に進むしかない……俺は桜が舞う中、少し名残惜しいと思いながらも、病院を後にした。
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