物語は、白髪の老監督と若手女優・三鷹舞花の衝突から始まる。
舞花は、かつて圧倒的な存在感を放った女優「キミカ」と同じ役を演じることを求められているが、「私はキミカじゃない」と強く拒絶する。演じられない自分への苛立ちと焦り。監督は彼女に一ヶ月の猶予を与え、その代わりに「キミカをここへ連れてこい」と命じる。
このあとは、ネタバレになりますので控えさせていただきます。
空気の描写が非常に美しい作品です。
坂道、丘の風、窓辺の光、木箱、リンゴ、カーテン。
舞台装置がとても丁寧に描かれており、情景の可視化力が高い。
映画的な質感を持っています。
特に、アパルトマンの外観描写や風が吹く場面、階段の鉄の手すり、などは、視覚的に印象が強い。
演じることは偽りです。本来でない自分になります。
では演技は、欺瞞でしょうか?人を騙して欺く悪でしょうか?
この物語は演技を前進だと捉えています。
なぜ演じるのか―よりよく幸福になるためだ。この物語の答えはこうです。
高度な演技は人間にしかできません。私達は理性を獲得して進化し続けています。その中でさまざまな能力を獲得しました。そのために悲しいことも山ほど起きています。詐欺、洗脳、搾取。じゃあ人間の進化って、演技って悲しいことか。私達は進化しすべきではないのか。NOです。私達は生まれてきてよかった。
『演技は素晴らしいことができる』この物語はすっかり示しています。私達が得てしまった苦しみをすっかり救ってくれます。
悩み、苦しみ、それでも前向きに、胸を張って生きるべきだ。善良で理想を演じればいい。そうしてまた素晴らしくなっていく。
小難しく語ってしまいましたが、どこまでも肯定的で優しく穏やかで美しい物語です。必ずあなたの居場所が見つかる物語です。ぜひ読んでみてください。
殻を破れないでいる剝き出しの魂が、出会った。
本作は葛藤を抱えたまま役を演じきれずにいる女優・舞花と、
同じアパルトマンに住む絵描き・「かける」や、その関係者たち。
小さな町を舞台に、やがて大きな舞台に立つはずの舞花は、
自分に欠けていたものは何か、その本質に気づいていきます。
できるできない。
互いを断じるような境界線が淡くかすんで、やがて窓の外を吹く風のように、
情熱の未来へと広がっていきます。
あれはないものだった、もう失ったものだったと思えば、時は止まってしまう。
はたしてそうなのかと、問いかけられているような作品でした。
本作からは夏のイメージを受け、レビューに「かげろう」という言葉を当てました。
無限の広がりを感じさせる、この物語。
皆様は、何を思い浮かべますか?
この作品の中に、いつも自分が、その場にいるような錯覚さえおこさせる。
そして、登場人物と同じように自分とは? と、考えてゆく。
描写が、とてもシンプルに頭の中に想像される。
自分は、50代で人生の半分以上を生きていますが、そんな自身でさえ
今、一度 自分とは? 何をなすべき存在であるのか、そんな大した事は
出来なくても何を成すべきだったのかを、考えるとてもいい内容でした。
今から、もう一度、夢を形にしようと考えていた時でしたから、
本当に、勇気と言うのか希望の後押しを、してくれる作品でしたので、
これを、描いた作家さんには、ありがとうと伝えたいです。
舞台女優と芸術家の一か月間の夢の中。
自分が演じるキャラクターを探しにとアパルトマンというアパートで一か月間生活する舞花。
個性的な格好で芸術家を演じる、大家の息子かける。
表現の分野で苦悩する二人は、どこか似ていると親近感を抱く。
最初から決められていた期間。限定の関係性の中で、二人は改めて自分の進みたい道筋を探す。
1人では見つからなかったものを、2人で、もしくはもっとたくさんで見つけた時。
それはある意味夢の終わり。
アパルトマンで見た、夢の終わり。
夢からはいずれ覚めないと。
2人が進んでいくのは、それぞれの待ち受けている現実の道
ううん。違う。
ずっと思い描いていた新しい夢にまた飛び出した。
夢は消えずに、続いていく。
とても優しい文体で、登場人物が描かれている物語です。
しかし登場人物の心情を丁寧に書いているというのであれば、珍しくはあっても希有ではありません。
この物語が希有なのは、登場人物の心情だけでなく、登場人物を中心にした風景も描いている点にあると感じます。
読み進めていけば物語に引き込まれ、私がそこで見る風景は現実宛らでした。
音楽が聞こえ、適当なSEがあるドラマや映画の中に入ったのではなく、現実の街、山、サーカス小屋でした。
生活音、人の声、またメインとなるアパルトマンでは部屋を通り抜けるであろう風まで感じ取る事ができたような気がします。
だからこそ、この物語にある描写は、丁寧ではなく、優しいのだと私は思います。
登場人物にも、根底にあるのは優しさ、誠実さであると強く感じます。
仕事に行き詰まったという女優も、何らかの事情でフランスから帰ってきたという絵描きも、アパルトマンのオーナー…皆、人間らしい優しさを持ち、他者に対して誠実であろうとしています。
人の善意よりも悪意が、幸せよりも不幸が目立ってしまう今だからこそ、読みたい、紹介したい物語です。