第113話 ≪たぬき蕎麦から見える日本の文化≫

新・ここは世田谷豪徳寺・16(さくら編)


≪たぬき蕎麦から見える日本の文化≫




 帝都の食堂の「たぬき蕎麦」はちょっと違う。


 ふつう「たぬき蕎麦」ってのは、かけ蕎麦の上に天かすが載っているものと決まっている。ところが、我が帝都女学院のそれは、かけ蕎麦にネギがドッチャリ入っている。120円と言う安さで、生徒に人気のメニュー。入学したころはびっくりしたけど、お手軽でビタミンたっぷりの優れもの。カウンターにはカイワレも載っていて自由に入れられる。別名「ビタミン蕎麦」とも言う。


 で、なんで、これが「たぬき蕎麦」なのか、食堂のオジサンはうんちくを垂れた。


「ここの食堂任されたときに、なにか安うて特別なメニュー作ろ思て考えたんや。玉子は高いし、安うてボリュームあって、栄養のあるもん」

「それがたぬき蕎麦なんですか?」

「せや!」

「で、なんでネギ載せたのが『たぬき』になるんですか?」

「玉子蕎麦の玉子抜きや!」


 たぬき蕎麦の「た」は玉子の「た」だったのだ(^_^;)。


「ネギはボリュ-ムの割に安い。で、栄養もたっぷりやさかいな。震災の後、これ作ってみんなに喜んでもろたん思い出してな」

「でも、この夏なんかネギ高かったでしょう?」

 佐伯くんが、もう帝都の生徒みたいな気楽さで聞いた。

「あれは例外。それに夏休みやったから営業してへんかったさかいな。ほんまの『たぬき蕎麦』はかけ蕎麦の上に煮しめたアゲさん乗せるんや」

「え、それって『きつね蕎麦』じゃないんですか?」

「それは東京。関西は、これを『タヌキ蕎麦』という。うどんが蕎麦に化けたいうのが語源や」

「へえ、そうなんだ!」

「その返事は、関西では、ちょっと冷とう聞こえる」


 ということで、たぬき蕎麦から東西文化の違いに発展。あくる日改めてオジサンの話を聞くことにした。


「東京でレーコは通じひんやろ」


 恵里奈は分かっているようでクスクス笑っている。

 あたしらには分からない。


「アイスコーヒーのことをレーコと言う。元々は喫茶店で出たコーヒーの搾りかすをもろてきて、煮出したコーヒーの二番煎じ」

「ええ、そんなの香りも味もないでしょ!」

「味はけっこう残ってる。そこにシロップと牛乳ぶちこんでキンキンに冷やす。これがもとで喫茶店の冷たいコーヒーもレーコ言うようになった。元祖レーコは冷やし飴よりいけるで」

「そうなんだ」

「昨日も言うたけど、それ、関西人には冷とう聞こえる」

「じゃ、なんて言うんですか?」

「ほんまあ!? とか、おもろいなあ! ウッソー!やな」


 なるほど、距離感の近い言葉だ。テンションが上がりそうだ。


 それから東西文化の違いに花が咲いた。


 エスカレーターで左右のどっちを空けるか。程よい整列乗車の仕方の違い(大阪なんかは並んだふりして、電車がきたら要領次第)直すという言葉には「片付ける」という意味があること。


 大阪の人間はおそらく日本で一番声が大きい。この話の間もオジサンと恵里奈の声が目立ったというか、恵里奈はオジサンと意気投合してた。


 電気が60と50ヘルツの違いがあって、東西に跨って走る電車は、途中電気の通っていない区間をちょこっと惰性で走って切り替えてるらしい。


 アホとバカの重さの違い。これは思い出した。一年の頃、恵里奈に「バカね」と言ったら、すごくショックな顔をしたので違いは分かる。東京の人間に「アホ」と言うとケンカになりかねない。関西は、その逆とかね。



 そんなこんなで、また日が暮れてしまった。

 オジサンは「たぬき蕎麦」をごちそうしてくれた。オジサンも含めて、みんなフレンドリーになった。

 佐伯君もなんだか、もう仲間。でも律儀な佐伯君は、病院から来ているのにもかかわらず、必ず乃木坂の制服を着てくる。


 彼らしいけじめのつけ方だろうと思ったが、事情はあたしを含めて5人しかか知らない……これで七不思議の五つは揃った。


 あと二つだ。

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