第112話≪ついてくる足音!≫

新・ここは世田谷豪徳寺・14(さくら編)

≪ついてくる足音!≫





 誰も触らないのに水飲み機から放物線を描いて水が飛び出した。まるで透明人間が水を飲んでいるように!


「東京大空襲で焼け死んだ人たちが、水を求めてやってくるのよ」


 米井さんは、怖そうなことを天気予報の解説のようにお気楽に言う。


 聞いた瞬間は「そうなんだ」だけど、数秒後に頭が理解して、俄然怖くなる。


 これは、あたしたち女子高生が、いかに人の話をいい加減に聞いているかの現れ。

 人が話したら、とりあず「はい」とか「そうなんだ」を息を吐くように無意識ってか、無神経に言う。

 これは「まず、お返事しましょう」という保育所時代から仕込まれた動物的な条件反射。

 そんで帝都で仕込まれた『明朗・闊達・俊敏』の指導の賜物。


「人の話には、まず明るく、素早く返事をしましょう。明朗・闊達・俊敏に」


 何かにつけて言われるので、帝都の子たちは明るく躾がいいと言われる。

 でも、これも保育所以来の仕込みの積み重ね。返事のわりには理解していない。

 聞いたことは、そのあと頭の中で取捨選択して、重要なものや、興味のあるもの、怖いものには、そのあと脳みそが判断する。


 で、今の米井さんの話は、数秒かかって、脳みそが「怖い」と認識したわけ。

 授業なんかだと「はい、分かりました」と無意味に返事して、スルーしたまま脳みそは反応しない。


「これは他の学校にでも起こっていてね、大概は生徒が居なくなった深夜に起こるの。うちに来る幽霊さんたちは優しいから、まだ日のあるうちにおこしになるの」


 そんなの優しいって言わないよ!


「これは、ボクもガードマンのバイトし始めたころに経験したよ。とある都立高校に深夜の巡回に回ったら、同じように水飲み機から、水が飛び出して……」


 四ノ宮のニイチャンが恐ろしげにいうので、これにはダイレクトに反応した。


「こいつはタネがあるんだよ」


 測量技師のオジサンが、マジシャンの種明かしのような口調で言い始めた。


「水飲み機のタンクの水が腐らないように、タイマーが仕掛けられていてね、一日に一回タンクを空にするために、水が全部出るんだ」


 聞いてみると、どうってことない。


 米井さんは知っていたようで、ニンマリ笑っている。その傍で佐伯君もニコニコ。どうも二人にはめられたようだ。


「でもさ、今のみんなの反応も七不思議だな。情報によって脳みそが取捨選択するっての」

「あ、そうだね。動画も撮ったし、これで七不思議の三つが取材できた!」


 アハハハと、楽しそうに笑う米井、佐伯兄妹であった。


 プンプン!


 あくる日は、担任の水野先生にも付き添ってもらって、日が沈んでからの取材だった。


「なんにも言わないで、グランドを一周走ってみそ」


 米井さんは、とぼけた口調で言う。


 また昨日の水飲み機のデンであろうと、あたしたちはタカをくくっていた。


 もう8時を回っていて、運動部もいない。グラウンドが広く感じる。青山通りからは一筋隔てているだけなのに、車や街の喧騒はほとんど聞こえない。


 佐伯君が高性能カメラを担いでスタンバイしている。なんだか、もうスタッフの一員だ。


 あたしたちは、グラウンドシューズに履き替えて、グラウンドに並んだ。

 今日は遅いのにも関わらずメンバーは10人に増えている。時間まで、あたしたちは東京の都市伝説なんかで盛り上がっていて、やる気は満々だった。


「時間だわ、ヨーイ……スタート!」


 走り出して二三分で気が付いた。


 あたしたちのすぐ後ろを、数十人の集団が走っている。今にも追いつかれそう。グラウンドは夜間照明が点いているとはいえ、周りは青山通り界隈のビル、怖さはひとしおだった。


 みんな同じと見え、速度が上がっていく。


 先頭はバレー部セッターの山口恵里奈。二番手は意外も茶道部の佐久間マクサ……なんのことはない、二人とも親友のあたしをほったらかしにして先を走っているだけ!


 迫りくる何十という足音。


 心臓が口から飛び出しそうになった!

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