第103話≪あえて さくらのために≫

新・ここは世田谷豪徳寺・5(さつき編)


≪あえて さくらのために≫       





「さすがに蒙古斑は無くなったみたいだな」


 そう言うと、お父さんは開いたなりのドアを閉めていった。

 娘とはいえ、スッポンポンの姿を見てしまったバツの悪さを上手くかわしていった。図書館の司書にしておくには勿体ない対応のうまさだ。

 あたしは穿き替えのパンツつかんで、脱衣場に向かった。


「ねえ、佐伯君のこと知ってんの? ねえ?」


 後ろから、さくらが付いてきて、しきりに聞く。だけど、パンツ穿いてパジャマ着ながら思った。佐伯君のことは、さくら自身が、米井由美とかいう子から直接聞くべきだ。


 第一に、あたしにはボランティアとは言いながら守秘義務がある。それにあたしから聞いたということになると佐伯君も米井さんも傷つくだろう。むろん、さくら自身も。さくら自身はけして人間関係の下手な子じゃない。でも得手不得手な相手がいるようで、あたしの知る限り、小学校の頃から、そんなに友達が多い子ではない。


 あえて、さくらのために勘違いで通した。


 そんなこんなで、ベッドに潜り込んでから気が付いた。


「しまった、今夜中に書かなきゃならない書評があったんだ!」と、パソコンに向かう。


 あたしは映画評論のゴーストライターのバイトがあるけど、要は便利屋さん。今夜は書評だ。


 大橋むつおの最近刊『ノラ バーチャルからの旅立ち』


 マイナーな作家なので、あたしにお鉢が回ってきた。この劇作家は、昔はシニカルな作品が多く、人間の見方が定型化していて、あんまり興味がなかった。しかし、50を超えてから、作風が変わり、結論や解釈を読者に預けてしまったようなところがあり、心を温もらせるような作品が多い。


――なんか、ほのぼのと胸の中から暖かくなる作品達ですね、一気に読み切った。


 私はノラが一番好き。好みのSF設定だし、落ちが二重になってるし。

 WOWOWで「イヴの時間」のアニメやってました。テレビ放送があって(? 知らんけどね)それの劇場版らしいです。


 タイトルと同じ名前の喫茶店があって、アンドロイドが普通に存在する未来、その喫茶店では人間とロボットを区別しない。それがルールですと、わざわざ入り口はいった所のボードに書いてある。

 ちょっと別な事をしながら見ていたから……でも、ノラを読んでから、何か気になってきた。もっかい見る。ちょうど旧タイプが破棄されるタイミングで記憶回路が初期化されても、ノイズ入りで在るかなきかの記憶にすがっているロボットが悲しい……そこだけ、妙に覚えてます。他に、恋人が死んで引きこもった女の子の所に、その恋人ソックリに偽装されたロボがやってくるってのもあったなぁ。何? こういった設定が流行ってんのかな? 私、最近 深夜帯のアニメを全く見てないから解かりません。


 クララは、やり方によっては、立派に不条理劇になるよね。そのバヤイ、ちょっとしたホラーテイストがまざるといいんじゃないかな? ただ、そうすると、始めのチャット部分に弱い所があるかなあ。ハイジが来てからラストまでが短いから、チャット部分で匂わせるか、それでラストにドンってひっくり返す。まぁ、大橋さんはそんなつもりで書いてないから、私の勝手な読み込みだけどね。でもね、これでクララはほんとに一歩踏み出せるだろうか。ちょっと書き足りないんじゃないかな? 結論は観客に預けるにしても、問題点をも少しはっきり見えるようにしたほうがいいような…… 。


 星に願いを……も、可愛いね。ただ、志穂がトコとトシ君の関係を知らなかったって所が……ムムゥなのよね、王子の存在もファンタジーと現実の間に浮いたまんまに成ってるように思えるし。この距離感は嫌いじゃないけどね。


 すみれの~は懐かしいわねぇ、高演の芝居を思い出すなぁ……あれが優勝じゃないなんて、いかん! 怒ってらしたのを思い出しました。この本が埋もれちゃうなんて(いや、これだけがそうなるってんじゃなく。今は本の回転が早いから)もったいないですね。誰か推薦図書とかにしてくれないかなぁ。 とにかく、書き続けてくださいね、継続は力です。 ネット小説もいいけど、脚本も続けてください。 高校生向けだけじゃなく大人向けにも書いてみてください。


 大橋むつおは埋もれませんように――


「お姉ちゃん、仕事?」


 風呂上りのさくらが訊ねてきた。


「うん、ちょっと書評……この本。戯曲集だけどね、最初の作品だけでも読んでごらんよ。ヒントになるものがあるかもしれないよ」


 さくらも本好きなので、30分ほどで読んでしまい(速読したようで、掲載作品全部を読んだ)考え込みながら寝てしまった。


 あくる日、さくらは目を腫らして帰ってきた。米井さんとうまくいったか、逆にこじれたか。あたしからは聞かなかった。いずれ分かるだろう。その夜は、さくらがパンツの穿き替えを忘れた。湯気たてて部屋にパンツを取りに来たさくらに、蒙古斑はなかった……。


※:書評は滝川浩一氏のものを参考にしました

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