第102話≪え ちょっとなに!?≫

新・ここは世田谷豪徳寺・4(さくら編)

≪え ちょっとなに!?≫





「え、ちょっとなに!?」


 いきなり米井由美に手をひっぱられて廊下に連れ出され、そう言うのが精いっぱいだった。


「あんたは、がさつで女らしくない!」と常々言われる。


 流行りの若者言葉は嫌いだ。「暑!」「眠!」「寒!」「やば!」などの、いわゆる「いぬき言葉」なんかは使わない。「いぬき言葉は」単に終助詞の省略じゃない。

 話し相手との関係を最後の直前で断ち切っている。最後まで言うと、相手は反応する。「暑い!」と言えば「そうでもないよ」てな、自分の感性とは違う反応が返ってきて、傷ついたり「でもさ」を頭に付けて議論になったりする。だから「い」を抜いて独り言のようにしておく。これだと相手は反論しない。つまり傷つくのが嫌な言い方。


 この米井由美の場合「ちょっと何よ!?」と「よ」あるいは、強調の助詞として「い」をつけ「ちょっとなにい!?」にしなければ言葉としては完成しないし、伝える意志も弱くなる。


 いつもなら、いまさっき言ったみたいに、あたしは、言葉を尻尾の先まで言う。


 言わなかったのは相手の米井由美のことを、とっさに思ったからだ。


 これは、一昨日渋谷のデパートで出くわしたことと関係ありそうに思ったから、あのとき米井由美は、あきらかに「このことは人に言わないで!」という顔をしていた。それ以外に、ほとんど口をきいたこともない学級委員長の米井さんとは接点がない。


 予想は当たった。


「あんたでしょ、佐伯君とあたしのことメールで回してんの!?」


「佐伯君て、一昨日Tデパートで見かけた、あの……?」


「やっぱ、知ってんじゃない。あんたが面白がって、拡散させちゃったんじゃない!」


「ち、ちょっとこっち!」


 教室の前じゃ、みんなに聞こえる。人通りが少ない北階段まで米井さんを引っ張って行った。


「どんな噂がたってるか知らないけど、あたしじゃないわよ」


「だって、こんな写メ!」


 米井さんは、スマホを出して、何枚かの写メを矢継ぎ早に見せた。Tデパートの中の二人の姿が何枚も写っていた。


「あたし、絶対に許さないから!」


 そう言われながら、違和感があった。


「あ、そうだ!」


 あたしは、ときに反応がひどく鈍い。


 一時間もしてから違和感の正体に気づいた。


 米井さんに見せられた写メの一番最後のやつは、あたしとマクサが体半分切れて写っていた。あれって、あたしとマクサ以外の誰かが撮らなきゃ写せっこない。一瞬腰が浮きかけた。


 言ってやろう……!


 でもやめた。


 多分米井さんには通じない。「他にも、もう一人いて撮ったに決まってる!」になり、興奮した米井さんは、廊下で喋る余裕も無くて、その場で叫んでしまうだろう。


 クラスのみんなが知ってしまう。それは避けなきゃ……。


「あのね、お姉ちゃん」


 マクサにも言わなかったけど、そのまま胸にしまい込めるほど佐倉さくらは人格者ではない。お風呂に入ろうとしてるさつき姉に言った。


「他に、見てたやつがいるに決まってんじゃない。さくらが写ってる写メがあるなら、クールダウンしたら米井さんも分かるって」


「だって」


「こういうのは、騒がないことが一番なのよ」


「でもね……」


「あたし、今日はボランティアで汗みずくなの。とりあえずお風呂に入れさせて!」


 さつき姉は、そそくさとお風呂に行った。


 そして、しばらくして、あたしのスマホが鳴った。


 なんと、米井さんと佐伯君の写メがチェ-ンメールで送られてきた。送り主はクラスのA子。「これを拡散させると、この二人はハッピーになれるんだって」というコメントまでついている。


 なんちゅうこっちゃ!


「もう、さくらがゴチャゴチャ言うから着替え忘れたじゃんよ!」


 さつき姉が、バスタオル巻いただけの姿で湯気たてながらやってきた。


「お姉ちゃん、こんなチェ-ンメールが来た!」


「ん!?」


「これが米井さんで、これが佐伯君!」


「あ、この子!」


 そういうと、さつき姉のバスタオルがストンと落ちてしまった。


 あたしは、何年かぶりで、姉のスッポンポンを見てしまった。で、タイミング悪いことには後ろにお父さんがいた……。

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