第83話『孫文桜』

ここは世田谷豪徳寺・83(忠八編)


『孫文桜』




 裏門だったが、あっさり入れたのには驚いた。


 なんせ、宣戦布告をしてきたばかりのC国大使館だ。日本は、この宣戦布告を受諾はしていない。世界中で、こんなに明確にケンカを売られても買わない国はないだろう。信じられないが野党が国会で受諾に反対して、与党の一部もこれに同調している。


 理由は簡単だ。憲法が国の交戦権を認めていないからだ。


 さらに信じられないことだが、この宣戦布告の原因になった佐世保沖海戦をやった日本の吉本司令を処分保留のまま謹慎処分にしたことだ。国民の多数と与党は吉本司令を支持していたが、人民党を始めとする野党のほとんどが吉本司令の更迭と懲戒解雇、凶器準備集合、殺人などで長崎地裁に訴えた。


 世界中があきれ返った。


 吉本艦隊がとった行動は、世界の海軍の常識からは当たり前を通り越して賞賛にあたいするもので、イギリスなどは『百年ぶりの日本海海戦』と政府声明を出したほどである。


 オレも、そう思う。


 武装した三隻の軍艦が、領海近くで射撃管制レーダーを照射し、砲口を自衛艦に向けたのだ。銃を構えて撃鉄を起こしたのに等しい。吉本司令の行動は、完全な正当防衛であり、自衛官として、差し迫った日本への脅威に対処した正当な任務遂行である。


 元華族とは言え小市民としてのオレは。FBの意見に「いいね」を押すこととツイッターの意見を「リツイート」したり「お気に入り」に入れることでしかなかった。


 そのオレが、孫文章なる人物から電話で指示を受け、警察が厳重に警備するC国大使館に入ったのだ。ガチでビビる。


 オレは、大使館の応接室に通された。そこには八十ぐらいの老人と、どことなく、さくらに似た少女が柔らかい表情で座っていた。


「孫文章です。こちらはひ孫の孫文桜です。お見知りおきを」


 電話同様の穏やかさで自己紹介をした。


「あ、え、四ノ宮忠八です。先祖のことは少しは知っていますが、僕はただの大学生です。なんの役にもたたないと思うんですが」


「そんなことはありません。我々は最初に井戸を掘った人を忘れません」


 これは日C国交が回復したときに、時の総理大臣を褒め称えてC国が言った言葉だ。オレにもそれくらいの知識はある。


「五代前の四ノ宮忠義さんには、私の祖父は大変お世話になりました。心あるC国人は、その恩を忘れてはいません。おかげでC国は問題を抱えながらも、いままで独立を維持してこられました」


「ここからは、わたしがお話しします」


 文桜がオレの顔を見つめた。似てはいるが、さくらには無い鋭さが目の奥に見えた。この子はただ者ではないと、オレの感性が言っている。


「今回のことで、国は分裂しようとしています。C国は肥大化と言っていい統一と分裂を繰り返すのが民族的な生理になっています。七十年続いた統一の時代は終わりました。時代が進んだ分、分裂の速度も早くなりました。分裂には騒乱が付き物ですが、わたしもひいおじい様も騒乱は避けたいと願っています。心あるC国人の多くもそう願っていますが、互いに疑心暗鬼です。そこで引っ張り出されたのがひいおじい様を筆頭にした私たち孫一族なんです。そして、その孫一族を助けてくださったのが、四ノ宮さんの一族なんです。私たちといっしょにC国に行って、C国の代表者たちを説得していただきたいのです。血を流さず、平和に分裂ができるように」


 オレの心はビビっていたが、見抜いてもいた。

 この文桜という少女は、一国のリーダーになる資質がある。AKBの総選挙で指原を予想した時よりも強く感じた。


「分かりました、ご一緒します」


 オレの心の奥にあるものが、そう言わせた。


「よかった、分かってもらえて!」


 文桜は、年相応の少女の顔に戻り、溢れる涙で顔をクシャクシャにした。うかつだが可愛いと思ってしまった。


「よく言った。これから文桜がする仕事の第一歩が終わった。さっそく出立しよう」


「あの、大使館の人たちにご挨拶とかは……」


「そんな者は、もう居ない。昨夜までに大使以下主だったものは、みな逃亡してしまった。日本政府も黙認している」


 オレの想像力を超えて時代が動き始めている……。

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