第63話『坂東はるか かく語りき』
ここは世田谷豪徳寺・63(さつき編)
『坂東はるか かく語りき』
「さつきさんでしょ?」
なんと、はるかさんから声がかかった……。
駅前のビルのばけ天で天ぷらのコースをゴチになった。
「大阪の食べ物は、たいがい好きなんですけどね。どうも天ぷらは東京風でないと、食べた気がしないの」
これは同感。クレルモンにいたとき、同じ寮の日本の子が天ぷらパーティーを開いてくれたが、関西風のサラダオイルで揚げたナマッチロイ天ぷらだったので、ちょっとショックだった。
天ぷらと言えば、ゴマ油で揚げた香しいものだと子どもの頃から思っていた。
「何カ月ぶりだろ、東京の天ぷらなんて」
「ばけ天もね、他のお店じゃ、関西風にサラダオイル混ぜてるんだけどね、この大阪一号店だけ、東京の味のままなの」
はるかさんは、そう言ってエビ天を尻尾の先まで食べた。これも同じ習慣なんで嬉しかった。
「エビ天て、尻尾においしさが凝縮されてるんですよね」
「そうよね、残す人多いけど。本当の美味しさって、人が気づかないとこに隠れてるのよね」
「はるかさんみたいに?」
「ねえ、その敬語はやめない? 同い年なんだしさ」
「え、年上かと思ってた!」
あたしは、役者のオーラについて聞いてみた。
「オーラは、誰にだってあるわ。言ってみれば、その人の職業やら境遇からくるものでしょ。ただ、あたしたちの仕事って、人に夢を売る仕事だから特別に見えるんじゃないかな。さつきちゃんだって、特別なオーラするよ」
「どんな?」
「基本的には学生さん。それもちゃんと勉強してる。でも、プラスアルファ……なんかあるのよね。なんだろ?」
はるかちゃんの勘の良さにドキリとして、同時に幼なじみのような親近感を感じた。
「さくらが、いろいろ吹き込んでるんじゃない?」
「うん。とてもさつきちゃんのこと自慢に思ってる」
あやうくお茶にむせかえるところだった。
「あたしも、三年前までは大学生になるつもりだった」
バリバリバリ!
小気味よくかき揚げをかみ砕いた。
「たしか、ご両親の離婚が事の始まり……ごめんなさい。プライベートなことだよね」
「ううん、それは世間がみんな知ってることだから。親が離婚して、あたしは大人しくお母さんに付いて大阪まで越してきた」
「よく平気だったわね?」
「平気じゃないわよ。ただ熱くなってる親に言っても逆効果だろうと思って。時間かけて二人の中をもどすつもりでいた」
「ああ、それが『はるかのタクラミ』ね」
「読んでくれたの『はるか ワケあり転校生の7カ月』?」
「うん、ネットで連載してるときに」
「あ、それ嬉しい。ネットの時から読んでる人珍しいもん。だったら話早いよね。大人って、気持ちの切り替え早いんだ。ガキンチョのはるかは、それ分かってなかったから、結局ムダに空回りしてただけ」
「でも、その空回りが自分も人も変えていくんだ。あのお母さんに内緒でお父さんに会いに行ったら……」
「ああ、そこ一番恥ずかしいの。もうお父さんは事実上再婚しててさ。タクラミが全部パー……でも、あれで、バラバラだったみんなの気持ちが距離をとりながら落ち着くとこに落ち着いたんだから、メチャ皮肉」
「そして、あのとき腰掛けで入った演劇部が本気になっちゃって、いつのまにか女優さんなんだもん」
「……そうなんだ」
「一つ聞いていい?」
「なあに?」
「こんどの『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の企画は、はるかちゃんから?」
「ハハ、んなわけないでしょ。プロディユーサーの白羽さん。はるかは、一度総括しといたほうがいいって。それは、そのとおりだから、今みたく天ぷらでも食べながら、しみじみ話しておしまいかと思ってた」
「天ぷら屋さんじゃなかったの?」
「ううん、東京のばけ天。ただ、その場に監督やら脚本家やら映画のスタッフがいたのが計算違い。総括するんなら、いっそ映画にしようって」
「でも、すごいね。原作、まだ出版もされてないんでしょ?」
「うん、ほんとは四月に発売の予定だったんだけど、出版社の都合。原作の大橋先生が、どうしても青雲書房から出したいって言うもんだから。小さな出版社なんだけど、ここじゃなきゃダメだって。いま社長さん病気療養中」
「じゃ、いつ出るか分からないの?」
「六月には出る……かな。ま、人生の区切りを映画にしてもらって、その主演をやるなんて役者冥利につきる」
はるかちゃんとは、ばけ天の昼食で友だちになれた。苦労してきた人だから話の通りが早い。これがランチでなきゃ、ひょっとしたら秘密の「ひ」ぐらい、言ったかもしれない。
妹のさくらにも言えない秘密を……。
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