第64話『本人も知らない秘密』

ここは世田谷豪徳寺・64(さつき編)


『本人も知らない秘密』





 また、彼の声が聞こえてきた。


 さつきは、急いで意識をブロックした。

 幸いはるかとも別れ、梅田の地下街を歩いていたところなので、誰にも気付かれはしなかった。


 彼とは、タクミ・レオタール(Takoumi Reotard)のこと。


 日本人の母とフランス人の父を持ちながら自衛隊の兵隊さんをやっているという変わり者。渋谷で彼が運転する車に跳ねられてからの付き合い。


 事故そのものはさつきの不注意によるものだったが、タクミは上司と共にお詫びの記者会見までやらされた。兄の惣一が海上自衛隊なので、自衛隊の置かれた立場は分かっているつもりだったが、あらためて、その厳しさを実感した。


 そして、留学先のクレルモンへの機内で、上司の通訳としてフランスへ行く途中のタクミと同じになった。

 偶然の再会を喜んだ二人だったが、乗っていた飛行機のトラブルで、タクミは二百人余りが乗ったジェット機の操縦をするハメになった。タクミの父はフランス空軍のパイロットで、タクミも子どものころから、パソコンのシミュレーターで一通りの操縦をマスターしていたからだ。

 しかし、本物のジェット機の操縦は初めてで、上司とさつきに付き添ってもらい、なんとか、この試練を乗り越えたのだった。


 それから異変が起こるようになった。


 時々タクミの思念が飛び込んでくるようになったのだ。


 最初はイメージだった。ホテルのベッドで高熱を出して寝込んでいるタクミの姿が浮かび、ついには自分自身も発熱し息苦しくなってきた。


 心配になったさつきは、ホテルに電話し、タクミの安否を確認してもらった。タクミはジェット機を操縦したストレスで熱を出していた。

 タクミは病院に連れて行かれて事なきを得たが、びっくりした。さつきはタクミの泊まっているホテルの名前さえ知らなかったのである。


 病院に見舞いに行って、タクミと話しているうちに、その不思議に気付いた。


 一瞬運命の糸などと思いかけたが、あのコクピットでの緊張した数時間が、タクミの心が読めるきっかけになったと自覚した。


 なぜなら、ごくたまに、一緒にいたタクミの上官小林一佐の想念も飛び込んでくるようになったからだ。タクミに思いを抱くことはあっても、オッサンの小林一佐に、そういう感情をもつことはあり得ない。


 小林一佐は、どうやら、それに気付いたようで、彼の思念は、ほんの希にしか感じなくなっていた。でも、タクミの思念はしょっちゅうだ。今もヘマをやらかして凹んでいる想念が飛び込んできた。


――凹まないの、失敗するのは仕事をキチンとやっている証拠――


 そうメールを打っておいた。タクミとは、いいメルトモになったのだ。


 大学からは、留学二カ月で日本での資料収集を指示された。


 多少の戸惑いはあったが、教室の顔ぶれをみれば「ありうる」と納得した。

 最初に言われた目的地が大阪で、関空から直行した大阪駅で妹さくらのロケに出くわした。


 大阪だから川端康成、織田作之助、司馬遼太郎、今東光、藤本義一などの名前が浮かんだが、目的地は自衛隊のS駐屯地だった。最初は意外に思ったがS駐屯地は敷地も広く、古墳などの遺跡や史跡が駐屯地内にはある。で、実際そういうもののリストも大学から渡されている。


 それは突然だった。


 地下街のトイレに入ったところ、急に若い女にスプレーを吹きかけられた。一瞬の差で顔を背けたが少し吸い込んでしまい、クラクラした。


「ちょっと、陽子大丈夫?」


 スプレーを吹きかけた本人から声を掛けられた。


――こんな女知らない!――


 声が出なかった、もう一人若い女が入ってきて、まるで友だち二人で具合の悪いあたしを介抱するように連れ出そうとした。


――だ、だれか助けて――

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