第58話《ワケあり転校生の7カ月・9》
ここは世田谷豪徳寺・58(さくら編)
《ワケあり転校生の7カ月・9》
この連休はH市でのロケだ。
ドラマや映画は、けして順番通り撮るわけじゃないんだよ。役者やロケ先の都合などで、場合によってはラストシーンを最初に撮ったりする。
H市のロケは、ピノキオホールでの夏の公演とコンクールでの本選のシーンを撮影する。映画の中盤と終盤の山で、設定は劇中劇の兵庫県ピノキオホールでの『すみれ』の初演を市民会館の中ホール。コンクール本選の公演を大ホールで撮る。
エキストラの高校生や、市民の人たちにリアルな反応をしてもらうために『すみれ』をまるまる一本上演する。本編では両方合わせて10分もないシーンなんだけど、この連休は、この公演と、それに付随するシーンだけを撮る。
まずは大ホールでのコンクール本選から。観客席は、主に地元の高校生などで一杯。
「まず、『すみれの花さくころ』を通して上演しますので、単なる公演としてご覧になって正直に反応してください。ラストだけは大きな拍手お願いします」
助監督の田子さんが、観客席に向かって頭を下げる。
あたしは、はるかの親友の鈴木由香の役なんで、カレ役の勝呂さんといっしょに客席中央に座っている。後ろには、はるかのカタキ役で、後半仲良くなる東亜美役の一ノ瀬由香里ちゃん(ユカリン)が座っている。
由香里ちゃんは、AKRの選抜になったばかりのモテカワ系のアイドルだけど、今回は、ちょっとイメージの違うナナメになった女子高生役。
衣装合わせじゃ、なんだか学芸会みたいに合わないってか、ヘタクソだった由香里ちゃんが、サマになっている。端役なんだけど、この子の本気度はかなりのもんだ。
なんでも従姉が、この街に住んでいて、なかなかのイケイケネーチャンで、その従姉のところに泊まって、訓練してから本番に臨んでいるらしい。
「ね、その従姉のオネエサン来てんの?」
本番前にサリゲにユカリンに聞いてみた。
「あ、この人」
「どうも、一ノ瀬薫です。よろしくお願いします」
びっくりした。てっきり筋金入りのヤンキーのネエチャンかと思っていた。
髪は黒のショートで、地味なカチューシャが、よく似合っている。言葉遣いも物腰も、お嬢様風だった。
「今日は、エキストラなんで、地味にまとめてみました。由香里が言うほどのイケイケでもありませんし……あ、これでよかったですよね?」
「うん、いいと思うけど、田子さーん。彼女ユカリンの従姉さん。エキストラやってもらうんだけど、これでいいですよね」
「え、君が……話とは全然違う清楚さだね」
「イケイケは、全部由香里に貸してありますから」
「うん、よろしくッス」
ユカリンの反応がいけてたので、みんなで大笑いになった。
「じゃ、あなたはユカリンの横で、少し迷惑そうに座っててくれます? ユカリンが栄えそうだから」
「はい」
アクシデントは、撮影のOKが出た直後に起こった。
「テメー、いつまでも昔の傷逆撫でしてんじゃねーよ!」
ユカリンの従姉は、そう言うとちょっとチャラ目の男子を、観客席から通路に投げ飛ばした。
ズッドーーン
「みんな、こいつはこんなにスカシてるけど、イケイケのアバズレでよ、バージ……グホ!」
そこまで言った瞬間、従姉さんの頭突きをくらって、舞台鼻まで転がり落ちてきた。スタッフが寄ってきてはるかちゃんをガードするような勢いだった。
「すみません。お騒がせしました」
従姉さんは、そういうと舞台鼻まで来て、チャラオを引立てて会場から出ていった。
「連れ戻して、このままじゃスキャンダルになる」
田子さんの声で、スタッフが駆けだし、従姉さんをスタッフの控え室に呼んだ。
「……そう、そんな事情があったんだ。よかったら、話の最初のとこだけ省いてマスコミに話してもらえるかな。スキャンダルじゃなくて、撮影のエピソードで終わらせたいんだ。ユカリンのために頼むよ」
「分かりました、後始末は、あたしがつけます」
この薫という従姉さんは、十人余りの記者の前で、明るく話してくれて、スキャンダルにはならずに済んだ。それどころか、凛とした態度に惚れ込んだ監督が「役つくるから、君も出てくれないかな!」と、言ったくらいだった。
従姉さんは丁重に断って帰っていった……。
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