第57話《あかぎ奇譚・4》
ここは世田谷豪徳寺・さくら*57(惣一編)
《あかぎ奇譚・4》
その船は……戦艦大和であった。
「対空兵装から天一号作戦時の大和かと思われます……」
「艦上に人の気配がない……」
大和は「あかぎ」と500メートルほどの距離で併走しており、最上甲板やブリッジ、対空戦闘指揮所に人が居れば見える距離であった。それが艦上には、まるで、その気配がない。
そして、相変わらず「あかぎ」にいくつもあるレーダーには映らないのである。
「所属と艦名を聞け」
「は……」
「待て、この距離なら、発光信号と旗旒信号でおこなえ。C国に傍受されると厄介だ」
艦長の命令でアナログの信号が送られた……が、返事がない。
「……あの大和は実在なのか?」
「艦長、ビデオには姿が映りません!」
「なに?」
ブリッジだけでは無かった、我が砲雷科でも何人かがビデオ撮影を試みる、モニターには映るが、映像としては取り込めない。つまりデジタルとしては存在しない船なのである。
「艦長、本艦は左舷に流されています」
当直航海士が、静かに言った。
「潮の流れではないのか?」
「潮は艦首方向から二ノット。右舷からの影響は、あの大和の縦波の影響かと思われます」
大和ほどの大型艦が500の距離で併走すると、相手が起こす波が微妙に影響し、反対方向に流される。その物理的な影響は受けているのである。
「面舵五度。大和に300まで接近」
あかぎは、かすかに左舷に傾斜しながら大和に近づいた。全長・全幅で大和とあかぎは、ほぼ同じ大きさだが、艦上構造物、特に46サンチ砲三基の威容は圧倒的であった。
「シーホークを飛ばそう」
艦長は、艦載ヘリのシーホークを飛ばし、全方位的に大和を観察することにした。
ヘリからも、大和の映像が送られてきた。それはCGなどではない実在感があった。甲板も伝説通り黒く塗装され、甲板の機銃の周りには土嚢が積まれていた。ただ、人の姿が見えない。そしてビデオには映らなかった。
「大和との距離300」
「もどーせ、よーそろ」
船は、近づきすぎると、僅かに引き合い、放置すれば衝突する。観艦式などで、何隻もの船が単縦陣で併走するのが高度な技術であるのは、このへんの事情による。現在、世界で、これが出来るのは米英海軍と海自ぐらいのものである。
「艦長、ソナーに感あり。両舷後方より二隻(ふたせき)距離ヒト千」
CICから、ブリッジに報告が上がってきた。
「キャビテーションは?」
「ハン級と思われます」
「気づかないフリをしておこう。ここはバカになっておく」
外国の潜水艦が近づいても、よほど危機が迫らない限り反応しないのが海自のセオリーである。反応すれば、こちらの対潜能力が知れてしまうからだ。
「大和より発光信号!」
右舷見張り員が叫んだ。そして、ブリッジからの指示を聞くまでもなかった。発光信号であるので、大和を見ていた乗組員にはみんな分かった。
――1分後、機関停止、両舷全速反速されよ――
「どういう意味だ?」
1分後にスクリューを停め、逆回転させろということだ。車で言えば、急ブレーキをかけ、全速でバックで走れということである。
「艦長、ハン級二隻が速度をあげてきました」
CICが言ってきた。
「真横で浮上して驚かそうという腹でしょう。放置しときましょう」
副長は独り言のように意見具申した。
「盛大に驚いたフリをしてやろう」
以前、アメリカの機動部隊の輪形陣の真ん中に、C国の原潜が浮上したことがある。アメリカは艦隊全部で驚いたフリをした。これでC国は、米軍や海自の対潜能力を低く見積もった。で、艦長は、今回も同じであろうと判断したのである。
「大和より、発光信号。機関停止、全速反速30秒前」
「……」
「艦長……」
乗員は、大和の意図を計りかねた。
「機関停止、全速反速。総員衝撃にそなえよ!」
艦長は、大和にかけてみた。
あかぎは、急速に速度を下げ、十数秒後には停止。すぐに後進になった。艦長の指示がなければ、ほとんどの乗員が転倒していただろう。
「ハン級、全速で我が進路を塞ぎます!」
ゴゴーン
C国のハン級は、あかぎの前方300ほどで急速浮上し、なんと味方同士で衝突してしまった。
「あのまま進んでいたら、どちらかの潜水艦と接触事故をおこしていたところだ」
「ナンクセをつけられるところでしたね……」
航海長が、汗を拭いた。
「左舷前方の潜水艦浸水の模様、乗員が避難しつつあり」
左舷の見張り員が叫んだ。
あかぎは、救命艇を出して、C国の乗組員の救助に向かった。そして、それに気を取られているうちに大和の姿は消えてしまった。
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