第53話《一発でOKが出た》 

ここは世田谷豪徳寺・53(さくら編)

《一発でOKが出た》       




 コップの氷がコトリと音をたてて、それが合図だったように由香が切り出した。


「はるか、あんた東京に戻りたいんとちゃう?」


 お母さんのパソコンの音が一瞬途切れた。わたしは完ぺきな平静を装った。


「どうして?」


「……ああ、あたしの気ぃのせえ。はるかと居ったら、いっつも楽しいよって、楽しいことていつか終わりがくるやんか。お正月とか、クリスマスとか、夏休みとか、冬休みとか」


「アハハ、わたしって年中行事といっしょなの?」


「ちゃうちゃう。せやから、あたしの気ぃのせえやねんてば。演劇部も楽しかったけど、行かれへんようになってしもたさかい。ちょっと考えすぎてんねん」


「うん、ちょっとネガティブだよ」


 その時ケータイの着メロ。名前を確認して、すぐにマナーモードにした。


「ひょっとして、吉川先輩から?」


「え、どうして?」


「ちょっと評判になってるよ。時々廊下とか中庭とかで恋人みたいに話してるて」


 由香は声を潜めて言った。


 逆効果よ! 


 お母さんパソコンの画面スクロ-ルするふりして聞き耳ずきんになっちゃったし、タキさんはモロにやついてタバコに火を点けるし。


「ただの知り合いってか、メルトモの一人だよ。タロちゃん先輩とか、タマちゃん先輩みたく。話ったって、立ち話。由香の百分の一も話なんかしてないよ」


 ああ……ますます逆効果。お母さんのスクロ-ルは完全に止まってしまった。



「OK!」



 一発でOKが出た。


「間と距離の取り方が、グッとよくなった。さくらちゃんの吸収力ってすごいよね!


 監督さんも激賞してくれた。


 ゆうべは、あれから一日同級生の佐藤さんの家に泊めてもらい、お友達なんかも来て、遅くまでしゃべった。


 佐藤さんのプライバシーにかかわることもあるので詳しくは言えないけど、同世代なので、いつの間にか、あたしも話の中に入って真剣に話していた。で、真剣に話すうちに付け焼き刃なんだろうけど、大阪の高校生の間と距離の取り方が分かったんじゃないだろうか。その中味は『高安女子高生物語』で読んでください。


「ようし、この調子で由香のシーン全部いくぞ!」


 全部と言っても、あと、三つ。オーシ、力いれて頑張るぞ!



「あら、映画行ったんじゃないの?」


 お皿を洗う手を止めて、お母さんが聞いた。受賞記念に映画でも観なさいと五千円もらっていた。


「うん、映画だと着替えて行かなきゃなんないし。たまにはお客さんで来ようって」


「こんにちは、おじゃまします」


 わたしは映画をやめて、由香を誘って、志忠屋へ初めてお客としてやってきた。


「シチューは、もう切れてるけど日替わりやったらあるで。はい。本日のラストシチュー」


「ごめんね、わたしがラストのオーダーしてしもたから」


 キャリアっぽい女の人が、すまなさそうに言った。


「いいえ、わたしたち日替わりでいいですから」


「このオバチャンやったら気ぃ使わんでええから」


「気ぃも、オバチャンも使わんといてくれます」


 と、キャリアさん。


「紹介しとくわ、これがさっき噂してた文学賞のホンワカはるか」


「トモちゃんの娘さん? 今、作品読ませてもろてたとこよ」


 もう、お母さんたら。ただの佳作なんだよ、佳作ゥ!


「で、ポニーテールのかいらしい子が、友だちの由香ちゃん。黒門市場の魚屋さんの子ぉ」


「ども……」


 カックンと二人そろって頭を下げる。このキャリアさんはオーラがあって気後れしてしまう。カウンターの中から「よろしく」って感じで、お母さんがキャリアさんに目配せ。


「この、オバ……ネエサンは、大橋の教え子で叶豊子。通称トコ」


 それから、しばらく大橋先生をサカナにして、五人は喋りまくった。


 トコさんは、話しているうちに高校生みたくなってきて、ちょっと上の先輩と話しているような感じで番号の交換までしちゃった。


「はるかちゃん、台本見せてくれる」


「はい、これです」


「わあ、ワープロや! 昔は先生の手書きやった」


「そら、読みにくかったやろ」


 タキさんが、チャチャを入れる。


「あ、はるかちゃんの、カオル役はお下げ髪やねんね」


「はい。それが?」


「先生、お下げにしとくように言わはれへんかった?」


「いいえ」


「昔、メガネかける役やったんやけど、一月前から度なしのメガネかけさせられたよ。役はカタチから入っていかなあかん言われて」


「うん、やってみよう。はるかのお下げなんて、小学校入学以来だもん!」


 お母さんまで、はしゃぎだした。あーあ、わたしはリカちゃん人形かよ……。


「はい、できあがり」


 と、お下げができたとき、トコさんのスマホが鳴った。


「……はい、了解。ううん、ええんですよ。こういう仕事やねんから。ほんなら、また。あたし木曜日が公休で、月に二回ぐらい、ここにきてるさかい、また会いましょね」


 トコさんは、キャリアの顔に戻って、店を出て行った。


 かっこいい……。


 わたしの網膜には、しばらくトコさんの残像が残った。


「あいつも、損な性分や」


「トコさん、なにしてはるんですか?」


「理学療法士……のエキスパート」


「ああ、リハビリの介助やったりするんですよね?」


「あいつは、訪問で、リハビリもやって、病院勤務もやって、非常勤で理学療法の講師までこなしとる。今日も休みやねんけどな、ああやって言われると、救急車みたいにすっ飛んで行きよる。で、月に二度ほど、ここに来て毒を吐いていくいうわけや」


「今日は、あなたたちが毒消しになったわね」


 と、毒が言った。



「よーし、OK!」



 このシーンも一発でOKが出た。


 で、監督が困った。


「あと、はるかがお下げにするシーン撮ったら、夜まで空いちゃうなあ」


「すみません」


 思わず謝ってしまった。


「謝ることはないよ。上手くいってるんだから」


「監督、商店街と中之島公園までの撮影許可は取ってありますけど」


 助監督の田子さんが言った。


「でかした田子作、商店街からいこう!」


 実は、昨日の縁でOGHの生徒さん達が見学にきていた。ちょうど前のシーンが終わったところなので、このままでは、何も見ないで帰ってしまうことになる。で、急遽天神橋筋商店街のシーンを撮ることになった。



「昨日、あんた、ラブラブシートやってんてな」


「ああ、あれか」


「あれかて、あんた……」


「そんな怖い顔しないでよ」


「なんかもろたやろ。吉川先輩が、えらい真剣な顔で渡してたて、評判やで」


「もらったんじゃないよ、見せてもらったの。『ジュニア文芸』よ」


「ふーん……」


「言っとくけど、ただのワンノブゼムだからね」


「そやけど……」


「わたしは、吉川先輩の心に住民登録した覚えはないからね。あそこはまだ空き地。強引に住んじゃえばいいよ。犬も三日も居着けば情が移るっていうよ」


「あたしは犬か!」


「そういう意味じゃなくって」


「そやけどなあ……あ、今度先輩のコンサートあるねん。知ってるやろ。先輩がサックスやってんのん?」


「コンサートのことは知らないよ。サックスやってんのは知ってるけど」


「え、うそ!?」



 ここは、ランスルーとカメリハのあと、本番。で、本番前に助監督の田子さんが提案した。 


「監督、OGHの生徒さん達カバン持ってきてますから、エキストラで入ってもらいませんか?」


「あ、いいな。この時間帯高校生通ってないから、それ、いこう!」


「OGHの生徒さん達、上着脱いでくれる。ここ夏の設定だから」


 タイムキーパーさんが叫んで、何人かは他のエキストラさんに混じって私服で入ってもらった。


 このシーンは、二回撮ってOK。そのあとは、中之島まで、はるかと二人で歩きながら歌うシーンのリハーサル。


 まあ、本番は改めて六月に撮るので、OGHのみんなへのサービス。でも、ちゃんとカメラは回っている。チャッカリ、メイキング用の映像にするらしい。


 流行りのAKBやももクロを、みんなで歌って盛り上がった!

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