第52話《半日留学》
ここは世田谷豪徳寺・52
《半日留学》
コップの氷がコトリと音をたてて、それがスイッチのように由香が切り出した。
「はるか、あんた東京に戻りたいんとちゃう?」
「カット!」
ああ、これで四度目のNGだ。
大阪弁は、方言指導の先生も入ってくださって「完ぺき」のお墨付きをいただいたが、雰囲気が大阪の高校生ではないという難しいダメだった。監督やら原作者が何か相談している。身の縮む思いだよ。
「由香のシーンは、明日まとめ撮りします。さくらちゃんは、ちょっと大阪のお勉強しましょう」
「すみません(◞‸◟)」
あたしは頭を下げるしかなかった。
「まあ、ゆっくり大阪を楽しんできてよ」
はるかさんの慰めの言葉をあとに、あたしは、マネージャーと大橋先生に連れられて、タクシーに乗り込んだ。
これは、心斎橋とか道頓堀とか、コテコテの大阪の街の探訪かと思った。
「え?」
着いた先は、タクシーで十分ほどの府立高校だった。
「大阪グローバリズムハイスクール。略称OGH。名前はハイカラやけど、大阪では標準的な高校」
と、一言だけ説明を受けて応接室に通された。いかつい顔の先生がいた。
「2年3組の担任の岩田です。四時間目から入ってもらう準備ができてます。制服は11号でいけるでしょ。これです」
「じゃ、さくら。隣の部屋で着替えて」
なんだか分からないうちに、あたしは他の生徒と同じナリにさせられた。
「うーん、やっぱり、大阪の……少なくとも、うちの生徒には見えまへんなあ」
着替えたあたしを見て、岩田先生が言った。
「まあ、とにかく教室入ってもらいますか」
「お願いします」
あたしは休み時間が終わろうとしている校内を2年3組の教室に案内された。
廊下で出会う生徒がチラ見していく。あたしも目の端で生徒を見る。
どことは言えないけど、あたしの学校とは様子が違う。公立と私学、女子高と共学校の違いを超えた、えと……なにか根本的なところが違う……としか言えない。
「みんな、注目。急な話やけど、4時間目から放課後まで、特別転校生が入ります。佐倉さくらさん。数時間の付き合いやけど、みんな、よろしくな。ほんなら佐倉さん。挨拶を」
この時点で、何人かには正体がばれていた。
「えー!?」「いま売り出し中の!?」「さくらちゃん、ちゃうん!?」など、教室がかまびすしくなってきた。
「えと、もう正体ばれてるみたいですけど。佐倉さくらです。いま『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の撮影で大阪に来てます。大阪の高校生の役なんですけど、どうも大阪の匂いがしないってことで、半日みなさんに教えてもらうことになりました。なにをするのか、あたしにもよく分かってないんですけど、よろしくお願いします」
パチパチパチパチ! ヒューヒュー!
拍手と歓声が上がった。クラスのみんなが吉本なんじゃないかってぐらい、ノリがいい。
「一応、お世話係決めとくわな……」
先生が言い終わらないうちにスズメの子のピーチクみたいに手が上がる。
ハイハイハイハイハイ!
「じゃかましい! オレが指名する。佐藤、お前がお世話係。出席番号も、お前の前やし、演劇部やさかい、ちょうどやろ」
「任務は虫除け!」
「その通り」
「ラジャー!」
まだ学年が始まって間がないんだろうけど、先生と生徒は阿吽の呼吸のようだ。簡単にいうとツーカーの仲。
あたしの世話係というのは、佐藤明日香という子で、偶然にもはるかの住んでいた高安に家がある。で、放課後は佐藤さんの家に泊めてもらうことが急に決まった。
教科書やノートもあっという間に一人前がそろった。
授業の始まりからタマゲタ。
国語の授業だったけど、先生のノリがいいのか、これが普通なのか、みんなで写真を撮るところから始まった。クラスのみんなとは、顔を合わせて十分ほどしかたっていなかったけど、もう入学以来の知り合いのノリ。男女を問わず距離を詰めてくる。もう、なんだかモミクチャのうちに何百枚と写真が撮られた(^_^;)。
「ほんなら授業!」の声で、みんなは一応席につくけど、ざわつきは収まらない。
「佐倉さんの出てた『限界のゼロ』やけど、あの『覚悟はできていますか』いう佐倉さんの一言で映画が締まった。あれはアドリブやそうで……せやな、佐倉さん?」
「あ、まあ……」
また話のサカナにされるのかと思うと、ちょっとやな気がした。
「人生において大事なことが、ここにあります。臨機応変ちゅうか空気を読むいうこと。それが佐倉さんにはできる。で、こうやって女優をやってる。で、その佐倉さんをもってしてもどないにもならんのが、大阪の空気や!」
どっと笑いがおこる。
「その空気が読めたんが兼好法師。教科書41ページ。『仁和寺の法師』佐藤読んでみて」
「はい」
バラエティー並に段取りがいい。みんなを程よくのせておいて、いわゆる「つかみ」をしっかりやり、動機付けもちゃっかりやって授業に入る。で、ノリと流れがいいと、みんなも素直に授業に入っていく。
ちょっとだけだけ、大阪が分かったような気がした。
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