ルーチュラの寝室、事後end

鐘の音が聞こえた。三つ鳴ったので、もう昼になる。ぼんやりとそんなことを考え、体を起こす。どうやら、ベッドで眠ってしまっていたらしい。


「はっ?」


自分に起こっている異常事態に気付き驚愕する。のに、ベッドで寝ていた。辺りを見回しても部屋の主であるルーチュラの姿はない。記憶を辿ろうにも、ドアを開けようとした右腕を掴まれたところで途切れている。


「襲われた?」


まさかと思い呟いてみたが、ありえなくない。心配になり、自分の体を確認するも、特に服が変わっていたり、はだけている様子もない。財布も無事、俺が持つ数少ない貴重品である魔笛も無事。おまけにベルト裏の仕込み道具も手付かずだった。


おかしなところが何もないことが逆に不安を駆り立てる。わずかにぞわぞわとするような違和感があるが言葉にできない。


「いや、そんなことより仕事っ」


もう、昼になっている。今日は急ぎの業務は入ってなかったはずだから余裕はあるが、だらだらサボってていいわけでもない。ベッドから抜け出しドアへ向かう。


今度は邪魔されることなくドアノブを握る。そして何事もなくドアを開けて外へ出た。


「あーーーっ! やっと、見つけましたっ!」


部屋の外に出た瞬間、レーヴに出会った。ちょうど階段を上がってきたところのようで、俺を指さして叫んできた。


「フィジカル・チャージ」


レーヴの口が叫んだあと、小さく動くのが見えたので、保険で肉体強化の魔法をかけておく。おそらく、レーヴはアクセルかブーストを使った。どっちも似たような魔法だが戦士科では習得必須の自己強化術だ。一方、俺が使ったのは同じような肉体強化魔法だが、こっちは魔法科で習う補助魔法の一つである。俺がこれを使えるのは、総合科の試験生として養成学院に所属していたためだ。


「確保です」


その言葉を残して、リーヴが消える。俺は即座に腹部に力を籠める。次の瞬間、腹部に衝撃が走った。使ったのはブーストの方だったようだ。すかさず、タックルをかましてきたリーヴの両脇に手を差し込み、反転しながら放り投げる。


「キャン♪」


なぜか嬉しそうな笑顔をこちらに向けている。


「からの~、アクセルですっ」


これは詰んだ、俺じゃ対応できない速度だ。


「つ~か~まえたっと」


視界が真っ暗になり、頭の上の方からリーヴの声が聞こえる。


「えへへへ~」


リーヴはご満悦な様子だが、顔面肩車状態で何も見えない。


「いい加減、離れろ。前が見えん」


「わかりましたよっと」


今度は、普通の肩車の形になる。これなら問題ない。孤児院の餓鬼どもの面倒を見たりすることもあるからやり慣れてる。リーヴ自体が軽いこともあるので苦にならない。もう、かまわず一階へと移動を開始する。


「相変わらず、軽いな、お前は。男なんだから、もっと肉食って大きくなれ」


「う、うるさいですねぇ。これから成長期なのでいいんですぅ、育つんですぅ」


「また、親子と間違われんようにな」


「うっ、アレはショックでした……カワイイ息子さんですねって」


へこんだような声を出すリーヴ。でもこれ、自爆だった。俺って、そんなに老けて見えんのか。


「忘れよ、忘れよ」


「はい、そうですね」


そんなことを話しながら俺たちは事務所のある一階へと降りて、仕事に戻ることにした。





この三月後、ある女性が身ごもり、半年後には俺は妻帯者となった。十月十日で元気な女の子が生まれ、その後は、愛する妻たちと子供たちのために一国一城の主として戦いの日々に励んでいるだろう。




おしまい

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ただの雑用係に何をさせる気だ? @razor

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