リーンの仮住まい部屋

三階へと上がり、一番手前の部屋の前で立ち止まる。ここは、数日前からリーンが寝泊まりに使っている部屋だ。本人は俺の部屋に居座るつもりだったようだが、酔っぱらいをお持ち帰りして一晩はともかく。未婚の貴族の娘を男と同居させるのは、いろいろな問題がある。ちょうど、レーヴのやつも実家から帰ってくる予定で部屋が手狭になるから、サクッと追い出し、今に至る。


「ふう」


ため息一つ吐き、ドアを開けて部屋の中に入る。わざわざ、ノックや声をかけたりはしない。そのままベッドまで歩いて近づく。案の定、すやすやと毛布に包まって眠っているリーン。寝ているとはいえ、男がここまで接近してきているのに、無防備過ぎるのではないかと思う。こいつの実家は、もう上流階級と呼べるステージにいるのだが。少し危機感を持てと言いたい。こんな簡単に家出を許して放置できる実家も実家か。


時間も押してるので、急ぐ必要がある。この後に戦場が控えてる。リーンが幸せそうに包まっている毛布の一端を掴む。毛布を剥がそうと引っ張るが、寝ているくせにがっちり掴んで離さない。一応、優しく起こすプランもあったがしょうがない。あと、よく見たらうちの毛布じゃないか。なくなったと思ったらこいつが持ち出してたのか。毛布がなくなって、レーヴにぶちぶち文句を言われるはめになったことを思い出し、ちょっと怒りが湧いた。


「時間だ、起きろ」


掴んだ毛布を思い切り引っ張る。


「きゃっ!?」


短い悲鳴が上がり、少し間をおいてポスンと、毛布を剥かれた美少女がベッドに落ちてきた。下着姿でセクシーではあるが、今更リーンのそういう格好見ても大騒ぎするようなものでもない。現にリーンの方もこの程度のことで騒いだりはしない。


「んん? ああ、お前か。もう、そんな時間か?」


「時間だ。いつまでも寝てないでさっさと起きて、着替えろよ」


「わかった」


そう返事をすると、リーンはベッドから降りて、俺が部屋にいることも気にせず、着替え始めた。俺も、別に目を逸らしたり、食い入るように見るでもなく。今日は何色かなって程度に眺めていた。


「今日は、青系か」


「嫌いか?」


「いいんじゃないか、似合ってるぞ」


「そうか、ならいい」


そんな会話をしながら、リーンが着替え終わるのを待つ。いつもは一度起きればテキパキ動く奴なんだが、今日は妙に俺を意識している。なんか新鮮な感じだ。


「な、なあ。そのなんだ、悪いんだが」


「どうかしたか?」


歯切れの悪い感じにはなし、モジモジし始めた。いや、若干緊張もしているみたいだ。視線も、動かず一点を注視している?


ああ、俺の持ってるコレか。


「なんだ? ちゃんと言ってくれんとわからんぞ」


「くっ、ニヤニヤしおって。わかってるくせに私の口から言わせる気だな」


「ははは、なんのことだか」


いい加減、ここらでやめとくか。いつまでも下着のままでいさせるのもよろしくない。なにやら、ぶつぶつ言ってるような気もするし、ちょっと怖い。


「はぁはぁ、まるで戯れでいたぶられているような感覚だ。ゾクゾ」


「ほれ」


そこから先は言わせるわけにいかない。すかさず、持っていた毛布をリーンに向かって放る。そういうのは間に合っているので、これ以上増殖されても困る。毛布を頭からかぶったリーンはしばらく動きが止まっていたが、それが件の毛布と気付くと素早く纏め抱え込んで、こっちを睨む。


「か、返さないからな」


「お、おう」


宝物を奪われないように必死で守る子どものようだ。こちらとしても毛布の一枚や二枚ごときで文句なぞ言わない。


「もうわかったから、早く着替えろ」


「ふむ、それもそうだな」


テキパキと着替えるリーンの準備があっという間に整う。


「よしっ、あとは団長だけだな」


「何っ!? ルーチュラも起こすのか?」


「おっ、代わりにいってくれるか?」


「ははは、馬鹿言うな。お前がいるのにわたしが行ったら殺されるだけじゃないか」


真顔で言うから冗談に聞こえない。


「まあ、とりあえず、リーンは下に降りてろ。出向扱いとはいえ、働かざる者食うべからずだ」


「わかったよ」


リーンは階段を下りて一階に向かい、俺は三階の一番奥にある部屋に向かった。この部屋の主はルーチュラ・オプティエンスという。ちょっと前まで、この国の王位継承権第三位の王女様だった。しかし、突如継承権を破棄し、王族を辞めた。辞められるものではないはずだが、実際に王室より籍抜かれており一貴族になっている。貴族としての籍は母方の実家を利用している。そして我がクランを結成した団長様である。


その人がこの部屋の中にいる。


「ふう、いくぞ」


気合を入れて、ドアノブに手をかける。


しかし、その手は何も掴むことはなかった。


違和感に気付き、ドアを確認すると少し空いていた。


ドアノブに伸ばした手は何者かの手に手首を掴まれている。


それを確認した瞬間、俺の意識はプツリと途切れた。

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