給料日11日後の出勤風景

「おっはようございまーす」


「おはよう。マノン」


「あら、おはようございます。レーヴちゃん、ロスさん」


元気よく、事務所のドアを開け中へと駆け込んでいくレーヴに続いて事務所に入っていく。すでに、入り口に一番近い受付の席には女性が一人座っており、挨拶を交わす。


「相変わらず、早いな」


「そんなことないですよ、他の人たちがルーズ過ぎるんです」


「手厳しいなぁ」


外はすっかり明るくなったのに、事務所にはまだ3人、正確には5人しかいない。だいたい一般的なところなら、人々は夜明けとともに動き出し、薄暗さが晴れ朝になると仕事を始める。まだ、弐の刻鐘が鳴ってないから厳密には始業前になる。


マノンと今日の業務内容や世間話をしながら、受付とは反対側の壁にある出勤板のところに行く。大きな板があり、そこに名前に書かれた木片が並んでぶら下がっている。名前の書かれた木片の位置を確認しながら、3枚ほどひっくり返す。出勤板の木片は基本的に出勤したらひっくり返して、帰るときにまたひっくり返す。木片には両面に名前が書かれており、それぞれの面は下地が赤と白に塗られている。なので、ここ最近遠征の仕事も入ってなかったので、出勤板はさっきひっくり返した3枚以外は赤のまんまだ。


「そういえば、近々遠征でもあるのか? 昨日、備品チェックの手伝いしたけど、なんか物々しい感じだったな」


「あっ」


「ん? なんかあるのか?」


「いえ、そっちは大したことじゃないみたいですよ。そのうち、団長から説明があると思います」


「げっ、団長案件か」


「ふふふっ、聞かなかったにしてあげます」


思わず漏れた本音を拾われてしまった。


ちょうどその頃、奥の階段の方からバタバタとにぎやかな足音が聞こえてきた。この建物は一階が事務所で、二階に食堂や休憩室、仮眠室などがある。さらに三階まであり、居住スペースと屋上につながる階段がある。おそらくこの足音は、リーヴがまかせてある屋上の掃除と伝書鳩たちのエサと水やりを終えて降りてきたんだろう。遠くの方から鐘の音が二度聞こえてきた。弐の刻鐘の時間か。


「いつも通り、誰も来ませんね」


「揃ってたら、逆に怖いがな」


「ふふっ、それもそうですね」


刻鐘は、日に6度鳴らされる。その間隔は、時を数える水時計と呼ばれる装置を使って管理されている。壱の刻鐘は夜の終わりである早朝、弐の刻鐘が日が昇り一日の始まりである朝、参の刻鐘は日が最も高い昼、̪肆の刻鐘は日が沈み始める夕方、伍の刻鐘が日没した夜、そして無の刻鐘は太陽が最も遠い深夜。昔から古代数字が使われておりそのまま定着した。王国領土内なら、基本数字の回数鳴らされる習わしになっている。無の刻鐘は地域により6回のところと0回のところがある。ただ、この時間まで起きていて聞いたことのある人間の方が圧倒的に少ないため、無の刻鐘と呼ばれるようになったらしい。


「戻りましたー」


「おかえり、ごくろうさん」


「レーヴちゃん、おかえりなさい」


「んん~? なんかありましたか?」


「あん? それより二人はどうした?」


「ええー、無理ですよ。女性の部屋に勝手に入るなんて、食べられちゃいますー」


一応、三階に寝泊まりしている問題児二人も起こしてもらえないかと期待してたが、怖気づいたようだ。たまには勝手に起きてきてくれないものかと思う。


「仕方がない。俺が行くか」


「いってらっしゃーい」


「はいはい」


「で、マノンさん。なにがあったんですか?」


「えっ? 何を言ってるのよ。何もありません」


「ええ~? おかしいなぁ~」


「まったく、いきなり何の脈略もなくそういうこと言わないの」


まだ部屋で寝ていると思われる二人を起こすために三階に上がるため、奥の階段に向かう。なんか後ろの方できゃいきゃい騒いでいる気がするが、これから戦場に行くので放置しよう。


「むむぅ、でもマノンさん。手が真っ赤ですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る