第四十便 スパイだなんて言わないでっ!
『あー、おいしかった』
グリシーヌが紙コップを置いた。
隣で空気となってビスケットとスープをむさぼっていたグリシーヌも、満足したのか子供っぽい顔でほっこりしている。
『何だか、体の中が暖まったら、眠くなってきてしまいました』
「少し休んだ方がいいですよ。嵐は夜半には去りそうですし、崖さえ通れるようになれば、夜明け前でも出発します」
『ええ、前線が心配ですもの』
『そうですの! 薬草を早く届ければ、わが軍の兵士が復活して、西の国に総攻撃をかけられるんですの!』
またそれ? この戦闘狂娘が!
『そうね。そうすれば冬に向かって戦略が立てられるしね』
グリシーヌが微笑む。
「ええと、フッフに積み込んだ薬草は、前線の兵士の皆さんに使ったら残らないんですか?」
『わが軍の兵士はそんな軟弱じゃないですの! 半分の半分もあれば足りるですの!』
「それじゃ、残った薬草を西の国の兵士に回すことも可能なんですね?」
『はい?』
グリシーヌが硬直した。
『なっ?』
ヴィオレットが口をぽかんと開け、それから弓を手に立ち上がった。
『荷車の騎士! やはりお前は西の国の間者か!』
そう言って弦を引き、矢をお兄ちゃんに突き付ける。
『ヴィオレット! 何しやがるんだ!(しまった! お兄ちゃんの質問をそのまんま通訳するんじゃなかった)』
『ヴィオレット、やめて!』
グリシーヌがヴィオレットを止めながら、お兄ちゃんを恨めしそうに見る。
『い、いくら荷車の騎士様でも、そのお言葉はひどすぎます。撤回なさってください』
『グリシーヌこそ、お兄ちゃんに助けてもらっておいてひどいよっ!』
オレが怒鳴り返す。
『そしてヴィオレット! 弓を下げろ! そして殺気立った目でお兄ちゃんを見るなっ!』
『何を言いますの! 敵に利するような者を生かしておく理由などないですのっ!』
『敵ったって同じ人間じゃん?』
『同じではないですの! 敵国ですのっ!』
『そうよ、フッフ! 西の国の軍には、我が国の兵士が何人も殺されてるのよ!』
『でも、グリシーヌたちの国の軍だって相手の兵士を殺してるんだろ!』
『あたりまえですの! それが戦争ですの!』
『で、で、でも』
「フッフ!」
返答に詰まった俺をお兄ちゃんが遮った。
『グリシーヌ、姫様、ヴィオレット、姫様、すみません』
お兄ちゃんは片言で謝った。
それから頭を深々と下げたのは、オレの視線がものすごく下がったことで察しがついた。
お兄ちゃんが顔を上げてから数秒、ようやくヴィオレットが弓を下ろした。グリシーヌがぐったりと座り込む。
『次にそんなこと言ったら、問答無用で射殺すですの!』
矢を
『ヴィオレット、やめなさい。荷車の騎士様は島外から来られた方だから、この島の事情をご存じないのよ』
『ならば黙っていればいいですの! 余計な口出し無用ですの!』
『小娘こそ』
「フッフ!」
ムカつくオレを又お兄ちゃんが遮る。それからかまどの鍋を火から避けた。
それからしばらくは、気まずい静寂。
ヴィオレットはまた不貞腐れて寝転がり、グリシーヌは炎をじっと見つめる。
お兄ちゃんが時々薪をくべて、炎の加減を調整していた。
『そ、それにしても』
そのプレッシャーに耐えられなくなったのか、とうとうグリシーヌがいかにも取り繕う感じでわざとらしく手を合わせた。
『に、荷車の騎士様は、いつでも料理の魔法の素材を用意していらっしゃるんですね?』
かなり無理があるけど、涙ぐましい努力は認めるよ、グリシーヌ。
「ええ、数年前から」
お兄ちゃんが(多分)微笑みながら答えた。
「ある年の冬、納品の帰路、大雪に閉じ込められましてね。あの時は三日三晩身動きが取れませんでした」
『えっ?』
グリシーヌの顔が引きつった。
『に、荷車の騎士様も、〝冬の魔王〟の攻撃を受けたことがあるんですか?』
隣のヴィオレットも眉を顰める。
『ど、どこで攻撃されたんですの? どんな軍勢だったんですの? どうやって撃退したんですのっ!?』
「ええと、その、〝冬の魔王〟って、いったいどんなものなんでしょう?」
お兄ちゃんが少し間を置いてから訊き返した。
「それに、さっきから疑問だったのですが、かつてこの街を襲ったという〝夏の魔女〟とは?」
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