第三十九便 現地語なんて覚えないでっ!

『おいしい!』

 グリシーヌが叫ぶ。

『ぐっ、荷車の騎士のくせに!』

 ヴィオレットが悔しそうな顔をする。


 二人の目の前の紙コップの中身は、お兄ちゃんがペットボトルの水を沸かして作ったインスタントスープ。


「さっきも言ったように、火傷しないように気を付けてくださいね」


 お兄ちゃんがノートに鉛筆を走らせながら答える。


『こっちも、すごく甘くて美味しいです!』

 やっぱりお兄ちゃんが差し出したビスケットをかじりながらグリシーヌ。

『に、荷車の騎士の分際で!』

 グリシーヌ以上の勢いでぱくつきながらヴィオレット。

『荷車の騎士様は、賢者様でいらっしゃるだけでなく、料理の魔法もお使いになれるのですね?』

『ま、まやかしですの! これは実は泥水とバフンですの!』

『じゃあ食うなよ!』


 オレは思わず怒鳴った。

 オレが食べられないからって、ひがんでないよ?


「そう言えば、そんなような昔話もありましたね」


 お兄ちゃんが笑っている(ヴィオレットの最低な発言も正確に通訳する優秀なオレ)。


 ちなみに、昼は一応〝弁当〟らしきものを三人とも食べている。

 内容は、朝お兄ちゃんがもらったものに近いかな。

 グリシーヌが例によって、『はい、あーん』とかやりかねなくてムカついたからあんまり思い出したくないけど。

 

 ただ、一応の王家とは言え、グリシーヌたちの食事はあまりおいしそうに見えない。

 もちろん、オレは食べたこともないから知らないけど、見た目からして「ただ煮た」「ただ焼いた」って感じがする。

 さっきのウサギっぽい動物の場合と同じ。

 だから、21世紀の日本の、味が濃い(人によっては濃すぎる)スープや、甘いビスケットはごちそうに感じるんだろうね、きっと。

 特にお湯を注ぐだけでそれなりの味になる(らしい)インスタントスープは、グリシーヌたちが驚くのもわかる気がする。


 でも、そう言えば、何でさっきのウサギっぽい動物の時、このスープを出さなかったんだろう?

 お兄ちゃんに訊こうとしたら、その前にグリシーヌが質問して来た。


『ところで、荷車の騎士様は何をしていらっしゃるんですか?』

「あ、これですか」

 お兄ちゃんが手を止めた。

「さっき周った範囲での街の地図を描いていますが、まずいですか?」

『あ、いいえ』

 グリシーヌが目を伏せた。

『ここは港以外、街としては機能していませんし、そもそも、助けていただいておいて地図をお見せしないのが失礼ですから』


 そうだそうだ!


『でも、そんな簡単に地図を描けるものですか?』

「まあ、俺は職業ドライバーですからね。道を覚えるのは比較的慣れているかもしれませんね」

『荷車の騎士様、何でもおできになるんですね!』


 お、思わぬところで!

 これはどうしたら……。

 ん?


「お兄ちゃん、そこ間違ってるよ」

 ちなみに、お兄ちゃんの首からぶら下がっているオレからは、お兄ちゃんが描いている地図が良く見える。

「え、どこ?」

「その右の上の角。そこに行く前に小さいクランクがあったよ」

 お兄ちゃんはしばらく考えてから、「そう言えばそうだったかも」と言った。

「フッフはすごいな」

「エッヘン」


 ま、実は当たり前だけど。

 走ったルートはドラレコに記録されてるんだから。

 

『どうしたの? フッフ?』


 グリシーヌが問い掛ける。

 オレは答えようとして言葉に詰まった。


 グリシーヌがまた目を輝か冴えるのは困る。

 でも、些細なこととはいえ、お兄ちゃんの間違いを言いたくない。

 どうしようか迷ってたら、お兄ちゃんが突然言った。


『フッフ、地図、いい』

『言葉を覚えて下さったんですね!』


 グリシーヌが満面の笑みを浮かべた!


『俺、君、好き』

『私も、好きです』

『俺、言葉、学ぶ』

『発音なら、この舌の動きから直接学んでください』


 ギリギリギリギリ(歯ぎしりの音。ないけど)。


 やばい、やばすぎる。

 考えてみれば、こうやって同時通訳ずっとしてれば、少しずつでもグリシーヌたちの言葉を学んでもおかしくない。

 むしろ当然かも。


『俺、グリシーヌから、言葉、学ぶ。フッフ、要らない』

『そういうことよ、フッフ。私たちの未来の踏み台になってくれてありがとう』


 このクソビッチ!

 そしてお兄ちゃんの裏切りもの!


「フッフ、ごめん。グリシーヌ姫様に、『そんなにいろいろ言われてもわかりません』と伝えて」

「え?」


 久しぶり数時間ぶりに妄想の世界に浸ってしまった。そのくらいお兄ちゃんが現地の言葉を喋った衝撃は大きかった。

『お兄ちゃんはグリシーヌたちの言葉を覚える気はないってさ!』

 オレが言うと、グリシーヌは頬を膨らませた。

『そんなことないもん。荷車の騎士様は賢者様でもいらっしゃるんだから、きっとすぐに覚えて下さるもん』

『覚えなくていいですの! むしろ覚えるなですの!』


 ヴィオレット、初めて意見が合ったよ。


「ところでフッフ、この道なんだけど」

 一方、お兄ちゃんは相変わらずマイペース。

「この通りの途中に小さな路地があったような、なかったような」

「あ、それは十字路だよ。でも、オレが通るには狭すぎる幅だったから、お兄ちゃんは見落としてたかも」

「へえ。やっぱりフッフはすごいな。頼りになるよ」


 もう、お兄ちゃんはオレがいないと(以下略)。

 って、オレってやっぱりダメンズ(以下略)。

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