第三十七便 覗きなんかしないでっ!

 その時、不貞腐れたまま寝ていたヴィオレットが起き出した。

 でも、かまどの火にあたるでもなくそわそわしている。そのうち、グリシーヌに近づき、耳元で何かを囁いた。

 グリシーヌが、『実は私も』と頬を染める。それから、かまどに薪をくべながら火加減を見ているお兄ちゃんをちらちら見始めた。

『グリシーヌ、お兄ちゃんがかっこいいからってそんないやらしい目でみるな!』

『そ、そんなんじゃないわ!』

 グリシーヌは更に頬を染めた。それから、意を決したようにお兄ちゃんに近づくと、『荷車の騎士様』と声をかけた。

「はい?」

 お兄ちゃんが顔を上げた。グリシーヌは、オレ(の分身のスマホ)を指さし、それから自分の唇を指さすと、『フッフに話が』と言った。

『グリシーヌ、何まだるっこしいことしてんの?』

 オレが訊いたけど、お兄ちゃんはその前にスマホを首から外して、グリシーヌに渡した。グリシーヌはオレの分身をこわごわと受け取り、あれこれながめた後、部屋の隅に向かった。

『あんまり奥に行かないでよ。電波が届かなくなるかもしれないから』

『でも』

グリシーヌはそれでも一番隅っこに立った。

「あ、グリシーヌ姫様。落雷の恐れがないわけじゃないんで、念のため壁際は避けてください」

『だってさ』

 でも、グリシーヌは壁際から半歩下がっただけ。

 そして、憎々し気な顔でお兄ちゃんの様子を伺っているヴィオレットと目を見合わせてから、オレの顔(スマホの画面)を見つめて小声で言った。


『フッフ、私たちね、厠に行きたいの』

「お兄ちゃん、グリシーヌとヴィオレットがおし」

『キャーッ!!』

 オレが言い切る前に、日本語なんてわからないはずなのにグリシーヌがオレの分身を胸に抱きかかえた。


 言っとくけど、オレ、全く嬉しくないからね? 本体はともかく、スマホ自体に〝触感〟なんてないし。

 てかムカつく。

 オレなんて、胸どころか首から下の映像もないのに。


「フッフ」

 お兄ちゃんが立ち上がり、言った。

「雷もおさまってきたみたいだし、俺、ちょっと街の様子を見て来るから、姫様たちに伝えて」


 お兄ちゃん、ついさっき言ったこと忘れたの?

 ……まあ、確かにもう、雷の音は聴こえないけど。


「でも、この雨の中を?」

「もちろんフッフに乗ってね。何か使えるものがあればそれも取ってこよう。そう姫様たちに伝えて」


 そうか!

 一番安全なオレの中に一人で避難して、この姉妹を焼き殺そうってことだねっ!


 ……なわけないか、お兄ちゃんに限って。

 

「お兄ちゃん、あのね」

「余計なことは言わないように。あんまり遠くには行かないけど、ヴィオレット姫様には、弓矢を常に近くにおいて警戒してくださいとも伝えて」


 しょうがないから、オレはその通り伝えた。グリシーヌはほっとした顔をしてスマホをお兄ちゃんに返そうとしたが、ヴィオレットが『お姉さま、待つですの』と止めた。

『きっと、魔獣が荷車の騎士に告げ口するですの。そうして、荷車の騎士が覗きに来るですの』

『お兄ちゃんが小便くさい小娘の小便なんか覗くかっ!』

『キーッ、またもや侮辱! 許せないですの!(今更だけどこのウザい口調にしたのは失敗かな?)』

『ヴィオレット! フッフもそう言う下品な言い方やめてって言ってるでしょ!』


「フッフ、行くよ」

 戸口に立ったお兄ちゃんが言い合うオレたちを遮った。オレは少し考えてから言った。

『グリシーヌ、スマホをお兄ちゃんに返して』

『絶対言わないでね?』

『言ったら荷車の騎士をヴィオレットが射殺すですの』

『グリシーヌたちがスマホ渡さなくても、昨日みたいにお兄ちゃんはオレと喋れるよ?』

『そ、それはそうかもしれないけど』

『お姉さま、それは本当ですの!?』

 ヴィオレットが弓に手をかけた。

『ヴィオレット、やめて! フッフもややこしくなるから余計なこと言わないで』

『でも、お姉さ……』

 ヴィオレットが言いかけて口ごもった。そしてまたそわそわし始める。

『何? もう限界?』

『フッフ!』

『ま、魔獣め、この恨みは』

「さあ、行こう」

 せっかく(やじうま的に)面白くなりそうだったのに、お兄ちゃんがグリシーヌの手からスマホをそっと奪った。

「姫様たち、わがまま言ってすみません。俺、田舎もんなんで観光気分で」

『あ、荷車の騎士様』

 グリシーヌがほっとしたような、同時に(確実に)尊敬のまなざしでお兄ちゃんを見てる。


 しまった!

 これでグリシーヌの中のお兄ちゃんの株が確実にまた上がった。

 下手するとヴィオレットも。


 〝策士策にはまる〟パターンだ。いや、むしろ策士はこの姉妹か?


 なんて悩むオレ(の分身)をダッシュボードのホルダーにセットすると、お兄ちゃんはオレ(本体)のエンジンをかけて、雨の中を走り出した。

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