第三十六便 賢者気どりなんてしないでっ!
言い忘れてたけど、小屋の中は一通り生活できる程度のものがあった。小屋の隅には薪も積まれている。
グリシーヌによると、船の到着が遅れた場合など、馭者が寝泊まりできるようになっているらしい。
ヴィオレットが寝ころんだ藁の山も、一応簡易ベッドの代わりのようだ。
『一応お姫様なのに、こんなところでも寝るの?』
オレがグリシーヌに訊いたら、彼女は首を横に振った。
『私は、幼い頃にお父様と旅行ついでの見学に来たのを含めて、今回で三回目。ここで宿泊したことはないから』
『ヴィオレットは?』
『ヴィオレットは多分初めて。でも、あの子は、ああ見えて武芸に秀でているので、若者たちに交じって戦争に参加する過程で、ああいう雑魚寝に慣れたのかもね』
その時、窓(ガラスなんてないよ。板をつっかえ棒で押し上げただけのもの)の外で雷が光った。
『キャッ!』
グリシーヌが小さく叫び、お兄ちゃんに抱き着きやがった!!!
『グリシーヌ!』
汚らわしい、離れろ!
お兄ちゃんだって嫌がって……。
あれ?
ちなみにこの時、オレ(の分身のスマホ)は、お兄ちゃんの首からぶら下がってたから、二人の胸の間に挟まれる感じでムカつく(でも、一応わずかでも接触をブロック。グッジョブ、オレの分身)。
でも、一向に離れる気配がない。
グリシーヌはともかく、お兄ちゃん?
「大丈夫だよ? 雷神が襲ってきても、俺が撃退してやるさ」
『荷車の騎士様、素敵』
「まあ、その後俺がお前(とうとうお前呼ばわり)を襲うんだけどね」
『荷車の騎士様ならどこからでも大歓迎ですわ』
……まあ、もうわかってると思うけど、これはオレの妄想ね。
その妄想を雷鳴が遮った。
「約10秒」
『はい?』
少し隙間が空いて、グリシーヌの胸がドアップになった。
どうでもよすぎる。
と、又雷の光。そして暗闇。
光が戻らない。
ま、まさか?
ただでさえ発情してるグリシーヌが、吊り橋効果でお兄ちゃんとこのまま、き、き、キス……!!
「約12秒。音もそれほど大きくないし、結構遠いみたいですね。一応壁からは離れていましょう」
『荷車の騎士様?』
「ヴィオレット姫様は、まあ、あれだけ壁から離れていれば大丈夫かな?」
『荷車の騎士様、いったい何を?』
『いいからまず離れろ!』
オレは我慢できずに怒鳴った。グリシーヌが『え?』とか言ってたけど、少し間を置いてから慌てて飛び退いた。
『あ、あの』
俯き加減にほつれた髪を直す。
いちいち仕草がいやらしいんだよっ!
『あ、も、申し訳ありません、荷車の騎士様』
上目づかいでお兄ちゃんを見つめるその頬はピンク色に染まっている。
何度も言うけど、そんな目でJK(の年頃)にずっと見つめられたらお兄ちゃんだって落ちるだろうが!
やっぱオレ、異世界にだって淫行条例は必要だと思うんだ。
ね、お兄ちゃん?
「あまり近くなるようなら、ヴィオレット姫様を起こしてフッフに守ってもらうのも手ですが」
ここでまさかのオレ上げ!!
さすがお兄ちゃん様!!
『ええと、遠いとか、フッフに守ってもらうとか、一体どういうことですの?』
少し残念そうな顔でお兄ちゃんを見つめるグリシーヌに、お兄ちゃんが、「俺たちが以前いた世界と同じ条件だとして」と言って、雷の原理なんかを説明し始めた。
光速と音速の違いと、時間差による距離の概算方法。
屋内は比較的安全だということ。
ファラデーケージとしてのオレ。
そもそも、この街での落雷は、遠くから見えた、つまり一番高い尖塔に起きる可能性が高いこと。
などなど。
『そんなことまでご存知なんて、荷車の騎士様って、賢者様でもいらっしゃるんですね』
グリシーヌ、もしかして欲求不満なんじゃない?
まあ、でも、いくらグリシーヌが発情しても無理だよ?
どうせまたお兄ちゃんの伝家の宝刀、「これは俺たちの世界での常識」でぶった切られるだけだからね?
……。
………。
…………。
あれ?
抜かない?
お兄ちゃん、まさか、こんなことでドヤ顔するつもり?
子供でも知ってる知識で賢者気どりして、「ふむ」とか言っちゃうの?
お兄ちゃんはそれ以上何も言わず、ただ、少しだけ笑って(鼻で笑うのが聴こえた)小屋の奥の薪を取りに行った。
ちょちょちょ、ちょっとお兄ちゃん?
まさか、本気で元の世界のことは忘れるの?
マジでこのままこの似非中世ヨーロッパ風異世界で、21世紀の日本じゃ常識の知識と技術で無双して、淫行条例がないのをいいことにJKやJC(年齢的に)をたぶらかしてハーレム作っちゃうつもりなの?
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