第三十五便 朝チュンなんて言わないでっ!
倉庫は波止場のすぐ近くにあった。
波止場は、大きな木もないのに銀杏が落ちた後にみたいに汚い。
『外国の方々は、いつも何か噛んでいて、最後にぺっと吐き出しています』
オレから降りたグリシーヌが眉を顰める。
続いて降りたヴィオレットが、ルーフキャリアを指さした。
『荷車の騎士! ヴィオレットの弓矢を返すですの!』
お兄ちゃんはヴィオレットのわがままを聞くと、「急ぎましょう。嵐が来たら、崖際の道路は通れない」と言って荷物をオレに積み込み始めた。
積み終わって出発しようとした時、ヴィオレットが突然弓を構え、放った。そうして戻って来た彼女は、矢の刺さったウサギのような小動物を誇らしげに見せた。
『ヴィオレット、お腹ペコペコですの』
『ヴィオレット!』
グリシーヌがヴィオレットを叱った。
こっちは野蛮人じゃないみたい。
『火打石など持ってきていないのに、どうするの?』
違った。
今度はお兄ちゃんが眉を顰めたけど、「命を奪ったからには、食べましょう」と言うと、オレのグラブボックスを開けた。
『荷車の騎士様、また、〝炎の魔剣〟で?』
「そんなたいそうなものではありませんよ。それより、どこか、かまどはありませんか?」
『かまどなら、倉庫の隣の小屋に』
グリシーヌに案内されたお兄ちゃんは、かまどに藁をくべると、ライターで火をつけた。
『炎の魔法まで?』
グリシーヌがまた発情し始めた。
『嘘ですの! 荷車の騎士ごときが炎の魔法まで使えるはずないですの! これはまやかしですの!』
ヴィオレットはそう言って炎に手を近づけ、悲鳴を上げた。
バカだ。
とはいえ、ヴィオレットは、ウサギっぽい動物は手際良くさばいた。すぐに肉の焼ける匂いがした。
……たぶん。
オレに〝鼻〟はないからね。
O2センサーは鼻とは言えないだろうし。
ともかく、調味料がないから、おいしいかどうか知らないけど、偶然のごちそうに姉妹は満足そうだった。
お兄ちゃんは、手を合わせてから神妙な顔をして食べていた。
でも、ヴィオレットはやっぱりバカだった。
三人が遅い(多分)お昼をとってるうちに、雷鳴が響き、雨が激しく降り始めた。
「しまった」
お兄ちゃんが小屋の外を見て呟いた。
『荷車の騎士様? 出発しますか?』
グリシーヌが当たり前のようにお兄ちゃんの隣に寄り添う。
「いや、もう遅い」
お兄ちゃんはそう言うと、雨でかすむ先を指さす。崖際の道は、すでに打ち付ける波でほどんど見えなくなっていた。
『何を言ってるですの? 強行突破ですの!』
肉をかじりながら言うヴィオレットを、グリシーヌがたしなめる。
『バカ言うな! あんなところ走れるわけないじゃん!』
「フッフのグリップ、水没の怖れ以上に、お二人の身が危険です」
お兄ちゃんが真顔で言った。
「申し訳ないですが、ここは俺に従っていただきます」
多分初めて見るお兄ちゃんの毅然とした態度に、ヴィオレットは目を見開くと、『ふん、荷車の騎士の分際で!』と小屋の奥に行って藁の上に寝転がってしまった。
『申し訳ありません、荷車の騎士様』
ヴィオレットが泣きそうな顔をする。お兄ちゃんは今度は微笑みを浮かべた。
「グリシーヌ姫様が気に病むことはありません。俺の判断ミスですよ」
『に、荷車の騎士様……』
おい、グリシーヌ!
頬を染めて、目をウルウルさせて、それ、ほとんどアレしちゃってるじゃん!
JK(年齢的に)はJKらしくソシャゲーでもやってろ!
「とにかく、波がおさまるまで動けません。ここで休み、様子を見ましょう」
お兄ちゃんはそう言って小屋の様子を探った。
奥では不貞腐れたヴィオレットが横になっている。グリシーヌが椅子に腰かけ、かまどの火を見ている。
お兄ちゃんが雨を鍋にためると、かまどにかけ、さっきの調理道具を煮沸した。
それからオレ(本体)に戻り、アルコールウェットティッシュを取って来るとグリシーヌとヴィオレットに渡し、手を拭くように言った。
二人はそれが何だかわからないみたいだけど、ヴィオレットはいやいや、グリシーヌは喜んでお兄ちゃんに従った。
ちなみに、もちろんオレの本体は今言った通り外だけど、オレの目と耳と口はお兄ちゃんの首からぶら下がってる。
大雨で足止め。
粗末な小屋。
暖炉(かまど)。
…
……
………
朝チュン。
とか。
……一番危険なシチュエーションだからね。
しっかり監視しておかないと。
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