第三十一便 気休めなんて言わないでっ!

「あー、すみません、ヴィオレット姫様。もう少しだけ向こうへ行っていただけると」

『あっ!今、荷車の騎士が変なとこ触りましたの!』

「走り出しはシフトレバーの操作が必要なんで」

『黙れヴィオレット! お前みたいな小便くさい小娘触るわけないだろ!』

「痛っ! フッフ、また変なこと言ったね?」

『ヴィオレットを侮辱するなですの!』

『ヴィオレット! やめなさい。フッフも下品なこと言って煽るのやめて』

『あっ! また触ったですの!』

「だから走り出しは……」

『ヴィオレット、やっぱり交代しよう? 私が荷車の騎士様の隣に行くから』

『こんな野獣にお姉さまを近づけたら大変なことになりますの!』

『誰がこんな発情娘に触るか!』

「痛っ!」

『あ、申し訳ありません、荷車の騎士様。つい』

『いきなり夫婦喧嘩気取りか! 調子に乗んな!』

『フッフ!』

「フッフ!」


 ……という感じでオレたちは港に向かった。

 小娘……女の子二人とはいえ、広いとは言えないオレの助手席に二人は窮屈そうだったけど、スピードが安定して、ギアチェンジが不要になったら不平も減った。

 ヴィオレットが『お姉さまを守るため』とか言って持ってきた弓と矢が邪魔過ぎたので、途中でお兄ちゃんがルーフキャリアに固定した、なんてこともあったけど。

 

 気温が少し上がって、ちょうどいいくらいになったからか、グリシーヌとヴィオレットは、しばらく走ると寝息を立て始めた。


「こいつら、お兄ちゃんに運転させて寝てやがる。いい気なもんだよね」


 オレが(一応遠慮して)小声で言うと、お兄ちゃんが笑った。

「疲れてるんだよ」

「お兄ちゃんは疲れてないの?」

「まあ、このくらいは慣れてるからね。それより、薬草をできるだけ早く届けないと」


 ちなみに、この流行り病と言うのは、多分元の世界で言うところの風邪みたいだ。

 嘔吐、下痢、発熱のセットで、発症してから三日くらいでの症状が一番重いらしい。峠を越えれば回復に向かうけど、その峠を越えるのが結構難しいってことだった。

 〝峠〟と言っても、5日~7日くらいかかるみたいだし。

 前の世界とは違う。

 衛生的な問題もあると思うけど、それはどっちかって言うと感染経路と速度。発症後の一番の問題は、熱が上がりすぎることらしい。

 もちろん、発熱(嘔吐、下痢も)は病原菌への人体の自然な対処法だ。

 でも、〝免疫反応〟の仕組みなんて概念すらない。

 苦しむ病人の周りでおたおたする家族にとって、一番身近な治療法は祈祷ってレベル。


「栄養状態も良くないみたいだしね。元の世界なら当たり前に治るものが、ここでは致命的だったりするみたいだよ」

「グリシーヌが港で買った薬草は? 医者は効果のことははっきり言わなかったけど」

「一種の解熱剤みたいだね。煎じて飲めば、熱が少し下がる。病人も家族も落ち着くから、気の持ちようも変わるんだろうね」

「人間ていい加減なもんだね」

「〝病は気から〟って言うしね。事実、薬草を処方された城内の病人たちは、朝には熱がかなり下がって、状態が安定していたみたいだよ。このまま何日か寝ていればほぼ大丈夫治るだろう、って」

「そんなもんなの?」

「うーん、前に、誰かを多分インフルエンザだからって救急病院に連れて行こうとしたんだけど、その前に頭痛薬を飲んでしまったみたいだって言ったら、電話口に出てくれた先生が『それで問題ありません。様子を見てください』って言ってたし。まあ、確かにその後熱も下がって来たし。『安心』も一つの治療薬かもね」


 ……まあね。


 狭い助手席でくっついてる姉妹の寝顔を見ればわかるよ。

 二人とも、昨日と今朝会ったばっかりのお兄ちゃんに安心しきってるんだし。

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