第2話 未来のための選択
「フゥゥゥゥ」
俺は扉の前で大きく息を吐き気持ちを落ち着かせる。
(行くか)
そう心の中で呟き、眼前の扉を力強くノックする。
「……入れ」
部屋の中から聞こえてきたグレゴールの言葉を聞き、俺は扉を押し開け部屋の中へと入る。
部屋の中にはグレゴールしか居らず、グレゴールは部屋に入った俺ではなく複数の書類を見ながら万年筆のようなもので紙に何かを書いているところだった。
「……気にせず座れ」
「失礼致します」
俺はそういってグレゴールの机の前にあるソファーに腰掛ける。
悪いことはしてないのにこの張り詰めた空気はなんだか居心地が悪い。
「……それで話とは何だ? 人のいるあの場では話せないような内容だったのだろう? 人払いはしてあるから安心して話しなさい」
グレゴールの言う通り、内容が内容だけにあの場で話すことはできなかった。
例えセシリアであっても話すには衝撃的な内容だからな。
この話をするのはグレゴールにだけと決めていた。
「ではお言葉に甘えて単刀直入に話させていただきます。私に私個人の護衛騎士団を与えてください」
俺の言葉に先ほどまで動いていたグレゴールのペンが止まり、眉をひそめる。
「……自分の言ってることの意味と、その行動の影響力をわかっていっているのか?」
「はい」
鋭い視線を向けながらそういってきたグレゴールから目を逸らすことなく、俺は真剣な表情でそう応える。
王族でもない貴族が自身の子供を守る為だけに騎士団を作るなど、他の貴族どころか王族からも反発は凄まじいだろう。
ましてや国境を守る為にかなりの軍事力を保有する辺境伯なら尚更だ。
側から見れば子供を守るのは単なる口実に過ぎず、王国への謀反の準備と勘ぐられても仕方ない行動だ。
「……理由は?」
グレゴールは眉間に皺を寄せながら目を瞑り、頭を抱えながらそう言った。
よかった……
内容が内容だけに、話を聞かずに「ふざけるな」と切り捨てられても仕方なかったからな。
「勿論あるんだろ? まさか理由もなくこんな馬鹿げた話をしにきたわけじゃないだろ?」
「はい。ただ今からお話しする内容はかなり荒唐無稽ですが、どうか信じてください。そしてこの話は生涯で父上以外に話すつもりは一切ありません」
「……わかった。とりあえず話してみろ。どうするかはそれからだ」
グレゴールはそう言いながら机の上で手を組み、真剣な表情で俺を見つめる。
これから俺は一世一代の大芝居を打つ。
これに失敗すればこの先一生グレゴールは俺のことを信じてくれないことだろう。
そう考えると少し緊張してしまう。
とはいえ失敗すれば死んで終わりなんだ!
ならここで一縷の望みに賭けずして、生存はあり得ない!
俺はそう考えながら膝の上で震えていた手を強く握り締め、自身を奮い立たせる。
「……昨日、夢という形で御告げがありました」
「……続けろ」
俺の言葉に、グレゴールは眉をぴくりと動かした後続きを促す。
息が詰まるような空気だ……
「夢は断片的な記憶にない景色や場面を見せられ、衝撃的な最後の後に頭の中に直接「これは未来の出来事であり、変えられない運命である」という言葉が聞こえ、目を覚ましました」
「……その衝撃的と表現する最後の内容は?」
「……」
俺は言葉に詰まる。
決して真実味を持たせる為にわざと焦らしているわけじゃない!
ただここまで来て……ここまで言ったにも関わらず考えてしまう。
本当に言ってしまって良いのだろうか? と。
グレゴールが俺の言葉を信じる信じないどちらにしても、俺の言葉はグレゴールの中にしこりのように残ることだろう。
ましてや運命を覆せなかった場合、その言葉はグレゴールの中で呪いとして一生残ることだろう。
それを……そんなさらなる苦痛を与えかねない言葉と考えると、躊躇してしまう。
「……まさか俺が死ぬ、とかだったのか? それなら気にする必要は無いぞ?」
グレゴールは冗談めかしながらそう言った。
まるで気にせず言ってみろと言わんばかりに。
もしかして顔に出てたか……
ここまで来て情けない……
決めただろう……
俺は絶対に運命を変えると!
なに失敗した時のことなんて考えてるんだ!
成功させること以外に考えることなんてあるはずがないだろ!
「いえ、違います」
「そうか。ならどういった内容だったんだ?」
「それは……私と母上が殺させる未来でした」
「……そっちか」
俺の言葉にグレゴールは小声で何かを呟くと同時に、先ほどまでの表情とは一変して険しい表情へと変わる。
取り乱さないあたり、ある程度予想できてたんだろうな。
自分が死ぬと言う言葉が出てきたのもそれなら納得だ。
とはいえこれをどこまで信じてくれるかが問題だ。
結果を伝えはしたが、勝負はここからだ。
「殺される……と言うことは、相手がいると言うことだな?」
「はい。ただ相手の顔は見ることが出来ませんでした」
「……俺は? 二人が殺された時、俺が何をしていたのかはわかるか?」
「父上は領地に突如押し寄せた魔物の討伐に追われておりました。しかもかなり強い魔物が居たようで、父上と騎士団長でなんとか討伐したものの騎士団長は……」
「アイツを犠牲にしてやっとの相手、か……」
グレゴールは腕を組み椅子にもたれかかるように天を仰ぎ、大きく息を吐く。
どこまで信じてくれているかはわからないが、一方的に世迷言と切り捨てられるような事はなさそうだ。
「……正確な時期はわかるか?」
「正確な時期までは……ただ、直前に私の5歳の誕生会があったのでそれ以降かと」
「最短で2年、といったところか。……短いな」
グレゴールは相変わらず天井を見つめながらそう呟く。
2年。
長いようで、準備するには短い時間だ。
とはいえ、何とかするしかない。
「……理由はわかった。だが内容が内容なだけにどちらにするにしても即決は出来ない」
「勿論です」
「決定次第直接伝える。それまでは勿論、それ以降もこの件は他言無用だ。無論、セシリアに対しても絶対に言うなよ?」
「わかっております。母上にはこの後父上に自身の騎士団を持ちたいと相談したと伝え、理由を聞かれれば父上のように早くなれるようにと伝えます」
「世辞でも息子にそう言われるのは嬉しいものだ」
「世辞などではありません。本心からそう思っています」
「とりあえず話はわかった。他に伝える内容が無いなら、セシリアの元に行ってやれ。食事の席でかなり不服そうにしてたからな」
確かに。
セシリアに話の内容を伝えなかったのが、なんだかんだでかなり不満そうだったからな。
これはこの後1日付き合うコースになりそうだ……
「わかりました。では父上……どうかお願いいたします」
「あぁ」
俺はグレゴールに向かって深々と頭を下げてから部屋を後にする。
伝える事は伝えた。
あとはグレゴールがどう動いてくれるかだ。
希望通りに護衛騎士団が設立されれば上々。
仮に設立されなかった場合は父上には申し訳ないが、個人的に色々なところから人を引っ張ってくることになるだろう。
できればそれは避けたい。
どちらも反感は買うだろうが、後者は前者以上に印象が悪いからな。
何とか上手く事が運ぶのを祈るしか無いな。
今は人事を尽くして天命を待つ、って感じだ。
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