第32話 武闘派大臣

「しょうがないわね。まあいいわ、私は中であなたの生活を見ているわ。それの方が人間界の勉強になるから」

「ご主人さま、そういう事になってしまいました」

「そういう事って何よ」

「そういう事です」

「まあ、待てよ。しょうがないから、女神さまはそこで見ていて下さい。

 俺はカナレだと思って接していればいいんだな」

「はい、それでお願いします」

 朝から一悶着あったが、どうにか落ち着き、俺は大学へ、カナレはケーキ屋に行く事にした。


 そして、ケーキ屋の勤務が終わったカナレがレストランに来て、俺と一緒にホールのバイトをする。

 それが終わったら、店長から賄い物を貰って帰宅する。

 アパートに戻ると、遅い夕食を食べてからお風呂に入って寝る。

 俺とカナレの一日は大体がこうだ。

 カナレとは、お風呂から出ての時間と、朝食の時ぐらいしか接点がないが、それでもどうにかコミュニケーションを取ってやっている。

 話が遅くなると深夜にも及ぶことがあるが、今のところはどうにかやれている。


「ご主人さま、なかなか生活が大変ですね」

「えーと、今は女神さまですか?」

「ええ、そうです」

「たしかに生活は大変ですが、二人で幸せに暮らしていますので、心配ご無用です」

「幸せと言っても、二人はこの世界では兄弟、一緒になれませんよ」

「それはそうですが、そこは諦めるしかないと思います」

「では、私がご主人さまと一緒になりましょう。それで丸く収まります」

「いやいや、女神さま、それはおかしいですって」

「女神さま、いい加減にして下さい」

「今度はカナレか?」

「そうです。女神さまが私の身体を乗っ取って、困っています」

「女神さま、そんな事より、狐の対処を考えて下さい。狐が居なくなれば、俺とカナレも幸せな生活になりますから」

「だって、誰かに取り憑かなきゃ、狐の居場所って分からないですから…」

「女神さまも、そうなんですか?」

「そうです。だからそこのところはこの猫、いえ、カナレに頑張って貰わないと…」

「だったら、狐が出て来るまで、女神さまはカナレの中に居て下さい」

「それは、ご主人さまのご命令ですか?」

「そうです。命令です」

「では、そのミッションがクリアした時は、ご主人さまは私にご褒美を頂けますか?」

「分かりました。その時は女神さまのご希望のとおりに」

「約束です…」

「あっ、女神さまが私の中の奥に入っていった」

「カナレ、どうだ、大丈夫か?」

「はい、ええ、女神さまは静かにしています」

 何だか、分からないが、取り敢えず静かになった女神さまはそのままに、俺とカナレは前の生活に戻った。


「おはよう」

「おはようございます、ご主人さま」

「女神さまはあれから問題はないか?」

「ええ、何だか違和感はありますけど、問題はありません」

 俺とカナレはいつもの生活を過ごす。

 そんな日々が1か月ほど過ぎた頃だ。TVで平和財団の購入した工場跡地を今度は国が購入した事を知った。

 あの場所に防衛省の研究所を建設することになったそうだ。

 それを進めたのが、防衛大臣の『伊藤 直実』という人らしい。

 なんでも若いらしいが、かなりの実力者らしく、しかも極端な武力主義者らしい。

 その大臣の額には黒い痣がある。

 TVでそれを見た俺はカナレに聞いた。

「カナレ、この大臣だが、前は痣は無かったそうだ。それが最近、痣ができ、発言も武力主義になって来たらしいが、これは狐が憑いたからじゃないだろうか?」

「恐らく、そうでしょう。議員だと欲望も大きいでしょうから。

 だけど、これで周辺は完全に警護されるでしょうから、狐に接触する事は不可能になってきました」

 たしかに国の大臣だと国でSPとかが付く。もう、俺とカナレで手が出せる相手ではない。

「これで自衛隊の幹部が、やつに操られるようになると、それこそ大変だ」

「ですが、もしクーデターみたいな事を起こしたら、そこがチャンスかもしれません」


 そんな心配をしていた時だ。政権に批判的な新聞社が正体不明の連中に襲われ、死者12名、重傷者15名を出すという事件が発生した。

 新聞社の中は尽く破壊されたらしい。

 警察もテロと断定して捜査を開始したが、使われた武器も日本で使用されているものではなく、もちろん犯人連中も分からなかった。

 新聞社が襲われた事で、次は自分の社だと思った新聞社も多く、論調は政権寄りとなっていった。

 それはTVも同じで、政権に批判的なコメントをしたコメンティターが、仕事の帰りに襲われたりすると、誰も政権批判をしなくなった。

 普段、言論の自由だとか、ペンは武器よりも強しとか言っているメディアが、いざ武力を使われると、途端に静かになるのを世間は白い目で見ている。

 だが、今度は海外からそのことについて批判され出したが、政府が「警察の力を結集して犯人を追っています」と言われると、海外も何も言えなくなってしまう。

 そして、野党議員も襲われるようになってきた。政党本部も襲われたところもあるが、やはり犯人は分からない。

 そして、加藤が大臣になって半年も経たないうちに世間は武闘論一辺倒になり、街には右翼の街宣車が走り回っている。


「カナレ、これも狐の仕業だろうか?」

「恐らくそうでしょう。自衛隊の幹部の方も操られていると思います」

「狐の狙いは何だろう?」

「恐らく、日本による戦争を起こそうと思っているのでは?」

 狐は人間への復讐と言っていた。戦争を起こすのなら、それが一番手っ取り早い。

「ご主人さま、恐らく新聞社とかを襲った集団はプロだと思います。と、なると自衛隊の中の特殊な隊だと思います」

「でもそんな部隊どこにいるか、分からないぞ」

「それなら、東富士に居ますわ」

「えっっ、女神さま?」

「そうですわ、ご主人さま」

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