第4話 応用編



    4 応用編



 「――ぐぁっ……!?」


 緑暗色のアニマを流し、園庭に伏したのはヒドゥンのほうだった。

 攻撃が善夜に到達する直前。

 倒れ込む善夜の前にオフィサーが出現し――ヒドゥンに向かって漆黒の剣を一閃。

 篭手を纏った彼の右腕が宙を舞った。


「……!!」


 少しずつ暗緑色のアニマと化しながら地面に転がるヒドゥンの右腕を、善夜は呆けたように眺めている。


「いってぇ……!」


 ヒドゥンはゆっくりと身を起こすと抗議するように、善夜の傍らに立つオフィサーを見上げた。


「いきなり出てくるなんて卑怯だぞ! 代行者を使わないのは違法じゃねーのか!?」

「いいえ」


 彼の顔がすぐに引きつったのは、その首筋にオフィサーが突きつけた剣の黒い刃が当たったからだった。


「実体での公務は非効率ゆえ、代行者の制度を取り入れています」


 不意にヒドゥンの右腕がアニマ化する速度が上昇した。右腕だったアニマは全てオフィサーに吸収されていく。


「ああっ! 俺の腕!!」

「回復されては困りますので、消耗したアニマを補充させていただきます」


 ヒドゥンの右腕だったアニマが完全にオフィサーに吸収されたところで、


「さて……」

「痛ぇっ……」


 オフィサーは改めて、ヒドゥンの首筋に漆黒の刃を食い込ませる。

 相変わらず彼に表情はなく、プログラムされた仕事を効率的にこなす機械のようだった。


「ま、待てっ……!」


 愛想笑いを引きつらせ、必死に訴えるヒドゥン。


「俺と組まねーか!? あんたと俺で荒稼ぎするんだ! 地道に働くよりずっといいぞ、な?」


 彼は得意気に善夜に目を遣り、


「まずはこいつを消して証拠を――」


 漆黒の刃がさらにヒドゥンの首に食い込む。


「だああああああ頼む! 待ってくれ!」

「――大人しく帰還しますか。それとも、実体で留まれないほどに身体アニマを削ぎますか?」


 行動とは裏腹に。

 オフィサーの口調も表情も、ただどちらを選ぶかを尋ねているように何の感情も込められていない。

 しかし、善夜にとってはその緊迫した状況に固まってる場合ではなかった。


「わかった!! 貯めたやつは全部やる! そんで今からは真っ当にやってくから、今回だけは……」

「――どうして……?」


 座り込んだまま、善夜はヒドゥンを見上げて言った。悲しみを湛えた顔で。


「約束が……違うじゃないですか……!!」


 オフィサーは静観している。ヒドゥンの首に剣を差し込んだ状態で。


「わたしはただ……自分を見てくれる人が欲しかっただけなのに……。怒らせないように、何を言われても黙ってたのに、好きになってもらえるように頼まれたことは何でもやったのに……」


 言葉に出した途端にこみ上げてくる感情を何とか抑え、善夜は震える声で問い詰める。


「それでも全部ダメだったから、だから……お願いしたのに……!」


 そんな彼女の言葉をヒドゥンは一笑に付すと、わざとらしく困ったような笑みを浮かべて言った。


「はっ、人聞きの悪いこと言ってんじゃねーよ。約束どおり――」


 不意に彼の眼が蛇のように変わる。瞳が淡い緑色に光った瞬間。


「――ちゃんと繋いで『人気者』にしてやったじゃねーか」


 善夜と職員・児童たちを繋いだ魔力を帯びた鎖が可視化した。


「……!」

「騙されたのですよ」


 自分と彼らを繋ぐ魔力の鎖を呆然と見つめる彼女の耳に飛び込んだのは、オフィサーの感情のない声。

 彼はヒドゥンに視線を注いだまま、続ける。


「ヒドゥン(彼)の能力は『悪意の結紮』。あなたが思い描いているような、友好的な能力ではありません」


 ヒドゥンの眼が元の状態に戻り、善夜に繋がっている鎖が見えなくなる。

 彼は得意気な笑みを浮かべ、


人間界ここだったら俺の能力さえあれば好きなだけ稼げるからな」


 続いて期待を込めた目でオフィサーを見上げる。


「どうだ、少しは考え直す気に……――いててっ」


 黒い刃が彼の首にさらに食い込んだだけだった。


「おいっ! これ以上傷を広げられたら……」

「あなたもあなたです」


 オフィサーは善夜に視線を巡らせる。


「そのような些細な理由で彼を招聘するとは……」


 が、すぐに言葉を切った。

 焦燥しきった目を地面に向ける彼女には、これ以上続けても無駄だと判断したのだろう。

 オフィサーは空いた手で善夜の腕を掴んだ。


「さあ、立って下さい。公務はもうすぐ終わります」


 善夜はうな垂れたまま動かない。


「……心中はお察ししますが、こちらも代行者制度新制度に対する実績が必要なのです。公務さえ終わればあとはお好きに……」

「――些細なんかじゃない!!!」


 気がつくと、善夜は感情のままに叫んでいた。


「私にとっては…………っ……!」


 溢れる涙で視界が滲み、声が嗚咽に飲み込まれそうになりながらも。

 オフィサーを睨むように見上げ、善夜は更に声を張り上げた。


「愛されたいって願うことって……そんなにいけないことですか!?」


 次の瞬間――善夜の腕を掴んでいた手が力なく離れた。


「――……!?」


 真っ黒なアニマを身体中から大量に放出し――ゆっくりと、オフィサーが前のめりに倒れていった。

 自分の身に起こった現象に驚いたように目を見開いて。


「……え……?」


 何が起こったのかわからず、顔を上げた善夜はただ呆然と地に伏したオフィサーを眺めている。

 彼から流れ出た漆黒のアニマはヒドゥンの腕の傷口に吸い寄せられるように収束し――瞬く間に彼の失われた腕を復元させた。


「ははははははは!!!」


 大きく飛び退きながら。

 驚きと喜びの混ざった表情を張り付けたヒドゥンが、大声で笑う。


「形勢逆転だ!! 美味かったぜお前の苦痛(アニマ)!!」


 鎖の足場の上に着地し、興奮冷めやらぬ目でヒドゥンはオフィサーを見下ろしている。

 善夜は目の前で起き上がろうとしているオフィサーに、恐る恐る声をかける。


「オフィサー、さん……?」

過剰摂取オーバードーズ……」


 オフィサーは漆黒の剣を地面に突き立て、


「身体への過剰なアニマの流入が引き起こす、一時的な身体の崩壊です……」


 何とか立ち上がり――破損箇所を再生し、アニマの流出を止める。


「……あなたのアニマの質量が、私の現在の最大アニマ容量を上回るのは想定外でした」


 淡々と説明する彼の声は心なしか弱々しい。


「……それってどういう……」

「そいつのアニマはな、特別に良質なんだよ」


 代わりに答えたのは、善夜を指さしたヒドゥン。


「ってーか」


 彼はオフィサーに視線を移し、嘲笑って続ける。


「さっきの一発で過剰摂取オーバードーズとか……お前のアニマ容量クソザコかよ」

「たしかに容量は『クソザコ』かもしれませんが、攻撃に当たらなければ問題ありません」

「……それはそうだな」


 オフィサーの返しに一瞬不機嫌になるも、ヒドゥンは再び意地の悪い笑みを浮かべ、


「けどよ、運は悪かったみてーだな。よりによってこいつを代行者に選ぶんだからよ」


 続けてヒドゥンは篭手に覆われた右腕を振りかざし、


「――ってことで、俺と組まなかったことを後悔して滅びろ!」


 振り下ろすと同時に篭手の奥から数条の淡緑色の魔力を帯びた鎖が善夜とオフィサーに襲いかかる。


「……!」


 迫り来る鎖を前に、善夜は座り込んだまま静かに目を閉じた。

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