幕間 黄雀
場面はハジメが【
敷物のように広がった白い毛を被った老夫と、「目」と書かれた布で顔を隠した男――【人殺し】頭領の
跡目を誰にするかと話し合っていた彼らの会話には続きがあった。
「――では
右目が提案した。
「石上様の意思を引き継ぐ者としては不安が残りますが、能力は申し分ないかと。石上様手製の根付を与えた子どもの中でも有力なのでは?」
石上は目をかけている子どもに手製の根付を与えている。根付はそれぞれ異なる鳥をかたどった物で、与えた子どもの性質を象徴している。ある者は
「――あれは駄目だ」
地の底から響くような声で石上が言う。
「あれはとうに死んでいる……」
1
コッ カチッ
白く細い指がどんぐりを弾き、弾かれたどんぐりがまた別の木の実にぶつかる。
景色が朱に染まる頃の
佐島はよく一人遊びをした。あやとり、御手玉、
佐島のおはじきは色々な物が混ざっている。
どんぐり、
小さな子どもが集めた宝物のようで、しかし、おはじきとしては統一性がなさすぎる。まるで、別々の誰かが集めた物を一つずつもらって来たような、そんな印象だった。
佐島に石上が与えた根付は
又の名前を
雀と聞いて、大多数が思い浮かべるものとは別の雀。
ぱっと見よく似た二種だが、簡単に見分けることができる。頬が黒いか否か。黒ければ雀、黒くなければ黄雀。
黄雀は通常同種で群れをつくるが、稀に雀の群れに混ざっていることがある。
さらにとある地方では、営巣した人家を去るとき、
寺子屋の子どもに紛れ込み、【人殺し】の仲間を先導しては家屋を燃やしていた、佐島そのものであろう。
そんな佐島の素性を知っている平野からすれば、近頃の佐島は奇妙なことこの上なかった。
「なあ……佐島」
コッ カチッ
「なあに」
佐島はおはじきを続けながら答える。
「おまえ、いつまでいるつもりなんだ……?」
コッ
「いつまでだろうねぇ」
佐島の目は平野ではなくおはじきに向いている。
「……じゃあ、ここに来た理由は? どうしてここに来たんだ?」
コッカッ
一つ弾いても、佐島は答えなかった。
もう一度弾いて、答えた。
「なんでだろうねぇ……」
佐島は物心がついた頃――いや、もしかするとそれ以前に、自分が人を殺すために産み落とされ、いずれ死ぬ定めであると理解した。
理解したそのとき、彼女の心は彼岸へ旅立った。
そして抜け殻になった肉体だけがこの世に留まっている。
抜け殻である彼女は深く策謀を巡らせているようで、その実なにも考えていない。考えられない。
外部からの刺激に反応的に返すだけ。
彼女の心は読みにくい。
当然だ。ないものは読めない。
佐島自身、佐島の心はわからない。
石上は佐島が心のない抜け殻であることをわかっている。
だから言ったのだ。
――あれはとうに死んでいる……。
と。
だが、このときの石上は知らない。
佐島の肉体と心が、完全に断ち切れてはいないかもしれないことを。
異常な状況にあっても「普通」であり続けた一人の少年が、彼女の意識を此岸へ向けさせだしているということを。
2
右目に佐島が否である理由を話し終えた石上は、ふとこんなことを言った。
「……おまえが後継に就けば、なにも悩むことはないのだがな……」
「わたくしは
右目は即座に
【人殺し】という組織ではなく、石上個人に傾倒してこの場にいる男なのだ。たとえ地獄の業火の中であろうとも、そこに石上がいるのならこの男は幸せと言うだろう。
石上はそのことを理解しているので、端から期待はしていなかった。
「……酔狂なことだな……」
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