幕間 黄雀

 場面はハジメが【人殺ひとごろし】の頭領と対話してまもなく、梅雨の頃にまで遡る。

 敷物のように広がった白い毛を被った老夫と、「目」と書かれた布で顔を隠した男――【人殺し】頭領の石上いしがみと、その側近右目みぎめだ。

 跡目を誰にするかと話し合っていた彼らの会話には続きがあった。

「――では佐島さじま如何いかがでしょう」

 右目が提案した。

「石上様の意思を引き継ぐ者としては不安が残りますが、能力は申し分ないかと。石上様手製の根付を与えた子どもの中でも有力なのでは?」

 石上は目をかけている子どもに手製の根付を与えている。根付はそれぞれ異なる鳥をかたどった物で、与えた子どもの性質を象徴している。ある者は青鷺あおさぎ、ある者は翡翠かわせみ――といった具合に。

「――あれは駄目だ」

 地の底から響くような声で石上が言う。

「あれはとうに……」


     1


 コッ  カチッ

 白く細い指がどんぐりを弾き、弾かれたどんぐりがまた別の木の実にぶつかる。

 景色が朱に染まる頃の平野ひらのの部屋。布団に入り座っている平野のかたわらで、床に寝そべった佐島がおはじきをしている。

 佐島はよく一人遊びをした。あやとり、御手玉、まり遊び、おはじき。そばにいるのに平野を誘ったことは一度もない。

 佐島のおはじきは色々な物が混ざっている。

 どんぐり、銀杏ぎんなん胡桃くるみの殻、梅干しの種、栗鼠りすが食べたあとの松毬まつぼっくり、しきびの実、つやつやした綺麗な色の小石、ざらざらした変な形の小石。

 小さな子どもが集めた宝物のようで、しかし、おはじきとしては統一性がなさすぎる。まるで、物を一つずつもらって来たような、そんな印象だった。

 佐島に石上が与えた根付は黄雀きすずめだ。

 又の名前を入内にゅうない雀。

 雀と聞いて、大多数が思い浮かべるものとは別の雀。

 ぱっと見よく似た二種だが、簡単に見分けることができる。頬が黒いか否か。黒ければ雀、黒くなければ黄雀。

 黄雀は通常同種で群れをつくるが、稀に雀の群れに混ざっていることがある。

 さらにとある地方では、営巣した人家を去るとき、つばめは「栄えー、栄えー」と言って行くが、雀――この雀は黄雀ではなく頬が黒い方の雀であるわけだが――は「あと焼け、あと焼け」と言って行くという。どちらもただの言い伝えで、あくまで迷信だが。

 寺子屋の子どもに紛れ込み、【人殺し】の仲間を先導しては家屋を燃やしていた、佐島そのものであろう。

 そんな佐島の素性を知っている平野からすれば、近頃の佐島は奇妙なことこの上なかった。

「なあ……佐島」

 コッ  カチッ

「なあに」

 佐島はおはじきを続けながら答える。

「おまえ、いつまでいるつもりなんだ……?」

 コッ

「いつまでだろうねぇ」

 佐島の目は平野ではなくおはじきに向いている。

「……じゃあ、ここに来た理由は? どうしてここに来たんだ?」

 コッカッ

 一つ弾いても、佐島は答えなかった。

 もう一度弾いて、答えた。

「なんでだろうねぇ……」


 佐島は物心がついた頃――いや、もしかするとそれ以前に、自分が人を殺すために産み落とされ、いずれ死ぬ定めであると理解した。

 理解したそのとき、彼女の心は彼岸へ旅立った。

 そして抜け殻になった肉体だけがこの世に留まっている。

 抜け殻である彼女は深く策謀を巡らせているようで、その実なにも考えていない。考えられない。

 外部からの刺激に反応的に返すだけ。

 彼女の心は読みにくい。

 当然だ。ないものは読めない。

 佐島自身、佐島の心はわからない。

 石上は佐島が心のない抜け殻であることをわかっている。

 だから言ったのだ。

 ――あれはとうに死んでいる……。

 と。

 だが、このときの石上は知らない。

 佐島の肉体と心が、完全に断ち切れてはいないかもしれないことを。

 異常な状況にあっても「普通」であり続けた一人の少年が、彼女の意識を此岸へ向けさせだしているということを。


     2


 右目に佐島が否である理由を話し終えた石上は、ふとこんなことを言った。

「……おまえが後継に就けば、なにも悩むことはないのだがな……」

「わたくしは永久とわに石上様の御傍に」

 右目は即座にうやうやしく礼をし、石上の言を断った。

【人殺し】という組織ではなく、石上個人に傾倒してこの場にいる男なのだ。たとえ地獄の業火の中であろうとも、そこに石上がいるのならこの男は幸せと言うだろう。

 石上はそのことを理解しているので、端から期待はしていなかった。

「……酔狂なことだな……」

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