第11話死神と少女は働く


 社会のはみ出し者が夜に集う酒場、バッカス。

 マフィアの下っ端からフリーの殺し屋、時には大物すら訪れる名物見世物部屋が今日は大盛況である。

 運営側からすれば願ったり叶ったりな商売繁盛であるが、生憎とヴェインは引き攣った笑みを浮かべていた。


「ベルフィさん、あそこの赤アロハって血抜きのサモンですよね」

「ん、そうだな。殺した相手の血を趣味で抜く変態だったか。あのシャツ、血で染まっているらしいぞ」

「衛生上ノーセンキューですよ……」


 この街を仕切る二代マフィアの片割れ、アバランチの構成員が殺された。

 昨夜に死体となって道端に転がっており、発見された時には喋らぬ躯と化していた。

 ファミリーを重んじるアバランチに手を出したとなれば、街は一瞬にして戦争の雰囲気に包まれる。

 どこの馬鹿が余計なことをしてくれたもんだと、皆が路肩にツバを吐き捨てる。聞けば犯人は余所者の可能性が高いらしい。

 一説には合衆国絡みの案件らしく、わざわざバッカスに来訪しゲームの説明が行われることとなり、客足が途切れない理由が正にそれである。


「テキーラに……あっ料理ありがとうです」

「手が回らんな。どいつこいつも豚のように注文して、ウチを食糧難に追い込む気か?」

「いやいや、此処はそういう店でしょうに」


 合衆国が条件に設定した金額は殺せば五十、捕獲すれば百万ドル。

 小遣い稼ぎを超えた億万長者チャレンジが開催されることとなれば、物好きは嫌でも集まるだろう。

 無論、わざわざ合衆国が工学を叩き付けるキナ臭い話でもあり、命の保証はされていない。

 集まるのは揃いも揃って、生まれた時から頭のネジがぶっ飛んでいるようなアウトローばかり。

 殺し屋の見本市とヴェインは比喩したが、正にそのとおりである。

 殺した相手の血を抜く、血抜きのサモン。百発百中のガンマン、ケイン。ダイナマイトストリッパー、マロロン。遊び感覚の大量殺人鬼、ダッテ&トッミ兄弟。

 その他多くの裏稼業の連中がこぞってバッカスに集まった。目的は勿論、金である。

 テーブルの数に限りがあるため、相席が殆どであり、中には一触即発の空気に包まれたところもあるが、生憎とバッカスは基本的に発砲厳禁である。

 一つは一般客も訪れるため。今日は流石にゼロであるものの、ヴェインとベルフィの移行により普通の酒場としての側面もある故、揉め事は一発で豚小屋行きとなる。

 そして何よりも悪魔だ。バッカスに住む悪魔、ベルフィに喧嘩を売れば病院送りで御の字。この街に巣食う悪魔の片割れの逆鱗に自ら触れる者など、よっぽどの馬鹿だけである。


「アバランチの連中は誰一人として来ていないか」

「来たら大問題ですよ。あの人達は自分らで亡き家族のために戦うんですから、それをこんなゲームみたいに扱われる場所に来ないですって。というか、来たら戦争ですよ」

「だろうな。ビッグボス様は相当お怒りらしいからな。賞金首ゲームの参加者を全員殺すだろう。何せ家族を賭け事の対象にされて銃爪を引かぬ親などいるものか」


 アバランチのビッグボス――ドムラはベルフィと肩を並べる悪魔である。

 百戦錬磨の女将校と囁かれているが、実態は不明。少なくともこの街最強に近い人物であることは確か。

 彼女の耳に賞金首の話は入っているだろうが、いい顔はしないだろう。家族の死を遊び扱いなど、親としては許せないことである。

 ヴェインが一番心配していたのはアバランチが攻め込みに来ることだった。

 弔い合戦をたかが金のために邪魔されるとなれば、アバランチの銃は止まらない。骨を砕かれ、一滴の血も残らず蒸発されてしまう。

 幸いにも今の段階で顔を見せていないため、このままであってくれと彼は祈る。祈るしか無い。明るい内に教会で祈ったので、なんとかなってくれと本心から祈っていた。


「酒、置いてくぜ」

「……あ! て、てめぇラヴェルトじゃねえか! よくウチで暴れてくれたな!!」


 バッカスは人手不足だ。

 よってヴェインは一夜限りのバイトとして、路地裏の死神と呼ばれる何でも屋、ラヴェルトを雇った。

 ジョッキやらグラスを豪快に担ぎ、客のテーブルにどんと力強く置いた彼がカウンターに戻ろうとすれば、一人の男が叫ぶ。

 誰だお前はと顔を見れば、微妙に見覚えがあり、数秒を置いて彼がインゴベルトの下っ端であることを思い出す。


「正当防衛だ」

「うるせえ! 仕事が何か知らないがお前がウチで暴れてからボスはお怒りだ!」

「うるせえのはお前だ。此処でやるのか?」

「誰が地獄でぶっ放すかよ、悪魔に首を刎ね飛ばされて終わりだっつーの!」

「よくお分かりで」


 このように裏稼業の人間が集まれば当然のように因縁の一つや二つが火種となるのは、何も珍しいことではない。

 ただ、誰もベルフィに喧嘩を売りたくないがために争いが起きないだけだ。


「そうだ、一つ答えろ」

「んだよ、さっさと済ませな」

「俺がやったことは何処まで共有されてんだ?」

「はあ? てめぇがアジトで暴れて、ぶっ壊して、それだけだろ? ボスはいずれお前に復讐するってお怒りだ……って、聞いた癖に途中で帰るんじゃねえ!」


 既に席を離れたラヴェルトの背後でインゴベルトの下っ端が吠える。

 どうやら下っ端にはサラの存在が明かされていないらしい。知っていれば、彼らはその身を散らしてでも彼女を奪いに行動を起こしている。

 昼のシンキ、昨日の事務所を襲撃を考えるに機密事項の扱いである可能性が高い。

 それほどまでに重要な存在なのか、サラの謎は深まるばかりだが、まずは目先のことを考えろ。

 ラヴェルトにとっても百万ドルの報酬は見逃せない話だ。アバランチに殺されない程度に何とか達成したいところである。

 余計なドンパチは起こさず、今は仕事に徹するべきだ。無論、酒場の人間として。


「えっと……おつまみとお酒です」


 酒場の人間として尽くすのは彼女、サラも同じである。

 少女ががたがたと揺らしながらジョッキ等を運ぶ姿は評判がいいらしく、客の酒が回るスピードも今日は一段と早い。


「お嬢ちゃん、こんなところにいちゃあいけないよ。帰ってママのミルクでも飲んでな。それとも俺のミ――」

「お客様、お帰りは鉄拳一発でよろしいでしょうか。それとも格安鉛玉急行片道切符サービスのご利用でしょうか?」


 一人の酔っ払いがサラに手を伸ばす。

 それも下だ。真っ先に下を狙う辺り、よっぽど溜まっているのか、変態か。

 裏稼業に身を置く人間に常識を求めるのはお門違いの側面もあるのだが、それはそれとして本人の問題である。

 汚いニヤケ面を浮かべる酔っぱらいだが、彼の顔は一瞬にして青褪めた。がっちりと腕を掴んだ死神がにこにこと笑っているのだ。


「あ、はは……」


 おまけに瞳が笑っていない。

 暗に殺そずと殺意を秘めた視線に射抜かれ酔っぱらいの男は自然とサラに伸ばした腕を戻していた。

 そしてラヴェルトから開放されると、恐怖を忘れるために酒を一気に飲み干す。 

 あまりの飲みっぷりに近くの席が盛り上がり、雑な余興と化していた。殺人ゲームの影響か、皆のテンションが高いようだ。

 そんな彼らに関係なく働くサラはラヴェルトに近寄りお礼を述べ、カウンターに戻る。

 酒の注文が早く、運ぶことすら間に合っていない。ヴェインの頼みを流れるがままに引き受けたが、骨が折れそうだ。

 幸いにも支給されたエプロンは汚れていない。汚したところでペナルティもありはしないのだが、綺麗なままに保つのが彼女自身の目標らしい。


「変な奴に声を掛けられたらすぐに俺を呼べ」

「ラヴェルト、変な奴しか集まっていないんだからそれは無理だろう」

「教官殿、それを言ったら終わりです」


 今宵、此処に集まるはアウトローからも摘まれるような社会の不適合者である。

 隣を見ようが馬鹿ばっか、遠くを見つめても阿呆の集まりに過ぎず。

 一種の限界集落のようなもので、彼らの中から常識者を探すのは、それこそ馬鹿のやることである。


「そして――変な奴らを束ねようとする正真正銘の馬鹿がご来店だ」

 

 また一人。

 からんと入り口のベルが鳴り響けば、皆の視線は注がれる。

 ブラウンのコートを身に纏い、深く被った帽子から目線は伺えず。

 ダンディズムな髭を生やした男の登場に酒場は一瞬だけ、静まり返る。やがて再び騒ぎ出すのに時間は必要無かった。

 どんな客が来ようが、殺し屋家業に身を費やす愚か者であることに変わりなく、注目の差はあれど、所詮は気にする必要も無い。

 だが、ラヴェルトや一部の客は感じ取っていた。踏み入れた男がこの街とは異なる空気を纏っていることに。それはつまり、此度の主役である。


「景気付けに一杯といきたいところだが、若いな。君がマスターか?」


 カウンター席に腰を降ろした男は帽子を取り、ヴェインが想像よりも若いことに一瞬だけ驚くも、即座に仕事の話を切り出した。

 酒を調合しながらヴェインは営業スマイルを崩さずに頷くと、男へグラスを差し出す。


「ノンアルコールですけど。バッカスのマスターをやらせてもらっているヴェインと申します。ミスター……あー、名前を聞いても?」

「名乗っていなかったか、これは失礼。私はそうだな……アラン・スミシーで通してくれないか」


 短めながらバッチリと立たせられた金髪がお披露目となる。アランと名乗った男は髭に似合わず若そうで、四十に到達したかしてないか。

 ヴェインのボトルを横から奪った、同じく金髪のベルフィはいきなりカウンターに片足を乗せたかと思うと、アランのグラスに酒を注ぐ。

 店の人間としては有り得ない行動である。堂々とした態度を崩さず、笑みを含め言葉を吐いた。


「アラン・スミシー? そんな飾りにもならないゴミを提示されて納得すると思われているのか? 我々も随分と安く見られたものだな」

「ちょ、ベルフィさん……いやあ、この人がすいませんねー。ほら、せめて足は降ろしましょうよ」

「仕事で来られているようだが、此方も仕事なんでね。自分の身を切り崩せない奴の言霊に踊らされるのは気に食わん」


 アラン・スミシー。

 ベルフィが飾りと吐き捨てたその称号は何の意味も成さない記号である。

 言ってしまえば隠れ蓑に使われる安易な偽名に過ぎず、ゲームの胴元が名乗る肩書には到底見合わない。

 合衆国の人間であろうが、その背後に国が絡んでいたとしても、関係あるものか。

 命を張らぬ男に何を賭けるのか。ベルフィの言葉にアランは煙草を吸おうとしたのか、懐に手を伸ばすも、途中で諦めた。


「すまないな。ベルフィと言ったか……かつてその名を聞いたことがある。あれはたしか――そう、嵐の前日だったか」


 その刹那、ベルフィが乗せた足は降ろされず、その代わりに一つの銃口がアランに向けられた。

 否、一つに非ず。彼女の隣でヴェインもまた銃を構え、近くで会話に耳を傾けていたラヴェルトもまた愛銃の照準をアランに合わせていた。

 三者に共通することは野獣のような鋭い瞳に、この世の全てを憎むが如き黒を混ぜ合わせた顔付きである。

 次に言ってみろ、その場でお前の命は終わることになる。殺意を込めた銃口から今にも弾丸が飛び出す寸前といったところか。

 豹変した彼らにサラはかつての言葉を思い出す。あれはベルフィと初めて会った際に言われたことだ。

 詮索はするな。彼女達の過去に触れた者は蜂の巣になれば可愛い方だろう。骨の全てが粉々に砕かれても文句は言えまい。

 そう感じさせるほどの、殺意を秘め、幾ら優しく接しようと裏稼業の人間だと思わされざるを得ない。


「銃を降ろしてくれ。君達の逆鱗に触れたのなら謝罪をしよう。だが、私も仕事に来たんでな……こんなふざけた街の中で本名を晒す気になれないのは理解してもらおうか」

「次に我らの過去に触れてみろ、貴様の身分がどうであれ我らは一度掲げた銃を降ろすことは無いだろう。そのことを肝に銘じておけ――ジョン・ドゥめ」

「これは失礼した。君達の土俵で戦う程、私も愚かではない。済まなかったな、ミスベルフィ。此方も狗に首元を噛み切られぬよう――冗談だ、銃はもう必要無い」

「それを決めるのは貴様では……もういい、銃を降ろせ。ドッグ2、ドッグ5」


 ベルフィの言葉に合わせ、ラヴェルトとヴェインが銃を降ろすと、やがて彼女も続く。

 アランの言葉に矢の如き鋭き視線が更に鋭利さを増すも、教官の言葉に兵士は己を抑え、酒場の店員へと戻る。

 いつの間にか全ての客がカウンターに注目しており、彼らの一部始終はばっちりと見世物扱いである。

 サラもまたその一人であり、確実に銃声が鳴り響くと思っていたが、彼らにはやはり少なからず常識の欠片が残っているらしい。

 最もこの場でアランが死ねば、金を目当てに集まった殺し屋は全て無駄足になる。彼を殺すデメリットはあれど、メリットは無い。


「私も仕事を頼む側だ。君達に金をばら撒く上の立場でもあるが、まずは説明せんと何もかもが始まら――ん?」

「ご注文はどうしましょうか」


 一息付いたところでサラはアランの元へ駆け寄ると、他の客相手と同じように接する。

 酒は注がれたようだが、合衆国から来たということはそこそこの長旅であったはず。

 つまみの一つや二つでも頼むだろうという良心からの行動だったが、彼女の顔を見たアランは固まっていた。

 それも大きく目を見開き、額には汗が流れ、信じられないといった表情である。


「……あ、未成年ですが、大丈夫です。今日だけのバイトですから」

「………………そうか、君は偉いんだね」


 全然大丈夫じゃ無いだろうに。心でヴェインが突っ込みを行うも、彼は笑わない。

 ラヴェルトも同様に、ベルフィもまたアランに再度の警戒を見せる。今の反応は確実にサラを知っていたものだ。

 マクレイン博士の死により、ブラックボックスが更その向こう側に流されたような状況で、新たな真実にたどり着くための糸口が向こうからやって来た。

 アバランチに喧嘩を売った馬鹿の始末をした後に、先の発言も含め、この男は確実に適切な処分を受けてもらう必要があるようだ。


「注文はいい。何よりも先に説明を終えたい。ヴェイン君と言ったか……マイクは必要、無いな」


 元より全ての客がカウンターに注目し、聞き耳を立てている。

 これで話が聞こえなければ余程の病気を持っているのか、清潔さに欠ける貧乏人か。

 アランは立ち上がると、周囲を軽く見渡す。どいつもこいつも下品な連中であるが、所々には別格と思わせる存在もいた。

 それは噂の殺し屋であったり、この場にいるのが理解出来ぬ善人であったり。しかし、そんなことは関係無い。

 彼によって重要なことは唯一つ、依頼を果たせる人間がいるかどうかの一点限りである。



「諸君、今日集まってもらったのは他でも無い。君達が警戒してやまないアバランチに喧嘩を売った女――キリングマシーンを対象にしたゲームに参加してもらう」

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路地裏の死神と天使の少女 赤芽崎 @dndndn1925

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