第10話死神と少女は食べる


 気付けば五人でアップルパイを囲んでいた……?

 教会で一波乱が起きてから数十分後のことである。どうせ食べるなら多い方がいいとミーシャがヴェインとベルフィを呼んだ。

 流石に仕事があるだろうとラヴェルトが止めるように促したが、パリピ気質の彼女は止まらない。

 電話をすれば会話が弾み、あっという間に三人が五人となった。昼間だというのに、彼らに仕事は無いのだろうか。


「銃弾を太刀で斬る? へぇ、ジパングみたいだね」


 アップルパイを頬張りつつ、スーツ姿のヴェインはシンキと名乗った襲撃者を聞いて真っ先に東洋の小さな島国を思い出す。

 俄に信じられない話だ。正に空想上の侍という生物のような存在に自然と話題に花が咲く。


「俺も驚いたが、目の前で真っ二つになった弾を見れば現実を受け入れるしかあるまい」

「一刀両断! ってやつなんですかね。いやあ、一目見たかったですよ、なんで呼んでくれなかったんですか」

「逆に聞くがやり合ってる最中に呑気に電話する奴がいるか? そもそも仕事があるんじゃないのか?」


 時刻は昼の二時を迎えるというところであり、普段は事務所を構えているヴェインは依頼者への対応をしている頃である。

 この街は厄介事が多く、流れ弾が一般人に届くことも珍しい話では無い。裏の世界にも噛んでいて、常識人の彼は庶民の味方として重宝されていた筈だ。

 それがシスターの電話一本でアップルパイを食べに来るということは、よっぽど暇なのだろうか。

 彼の隣で紅茶を嗜み、正装なヴェインとは異なりラフな格好でベルフィも来ていることから、今の事務所は空である。弁護士が部屋を空けているのはそれはそれとして問題にも思える。

 どう考えてもアップルパイを食べている場合では無い。


「なんだラヴェルト、昨夜から持ち切りの話を知らんのか?」

「あ? そいつは見当もつかないな。教官殿、ご教授願おうか」

「偉そうに言うな。よそ者が流れ着いたという話だ。アバランチの構成員が殺されてビッグボスがお怒りらしい」


 それは初耳だと紅茶を口に含むラヴェルト。

 ベルフィはどこか嬉しげに語り、その冷たく一種の狂気を感じさせる瞳はティータイムに似合わない。

 剥き出しの火薬庫でありながら誰も着火しないよう気を配るのが、この街のルールである。

 よそ者が秩序を乱すならば、噂は一瞬にして広まり、夜の無法地帯レベルが上昇してしまう。


「アバランチ……この街を仕切る二代マフィアの一つですね」

「詳しいなサラ。一つはそのアバランチで、もう一つがゲルドブレイム――シンキの所属先だ。最もゲルドブレイムの支部だがな」

「データベースにありましたので。ビッグボスというのは……どんな人なのですか」


 ぴたりとサラの発言を機に皆が黙る。

 正しくはミーシャを覗く三人が固まった。彼女だけは変わらずにアップルパイを頬張っている。

 ラヴェルトがベルフィの顔色を伺い、特段の反応を示していないことを確認すると、次はヴェインに視線を流す。

 お前が口火を切れ。此処ぞとばかりに先輩風を吹かし、後輩は冷や汗を流す。

 彼らのやり取りに疑問を感じ取るサラは言葉を待った。どうやら自分は何かしらの地雷を踏んだらしい。


「サラちゃん、君のデータベースってのはよく分からないけど、この街には二人の女悪魔――やっべ、とても強い女性が二人いるんだ」


 ヴェインの言葉の途中が急に早口となり、失言が生まれたが、途切れさせずに言い切り無理やり続ける。


「一人が我らが教官のベルフィさん。その強さはサラちゃんも見たと思うけど、現役から何も劣っちゃいない。そしてもう一人がマフィア・アバランチのドムラ――通称ビッグボス」

「そいつもおっかない女でな。構成員からの人望は厚いが、ファミリーの敵には滅法怖く容赦しない。正直に言うが、あの女個人を敵に回しちゃこの街で生きていけない」


 アバランチ。

 この街を支配する二代組織の一つにして、統率力は随一のマフィアである。トップのビッグボスを筆頭に洗練されたプロ集団でもある。

 近年、合衆国に本陣を敷くゲルドブレイムがちょっかいを出し始めたことに敵意を示し、その他連中は彼らの抗争に巻き込まれないことを第一に生きている節もある。

 古き良き時代を守るアバランチ。新生勢力であるゲルドブレイム。彼らに手を出せば、命が幾つ合っても足りないだろう。

 しかし、昨夜によそ者がアバランチの構成員を殺したとなれば、この街は災害よりも恐ろしい事態になってしまったのだ。

 ただ殺される訳じゃない。組織の重みと人の繋がりを重要視するアバランチが、構成員を殺されて黙っている筈があるものか。


「今日の夜は最低だ。路地裏にでも一人で歩いていればアバランチに目を付けられる。よそ者の仕業とも確定していないんだろう?」

「まあ、そうですね。この街で生きる人間がアバランチに手を出さない……っていう前提の空気ですよ。ゲルドブレイムが潰しに掛かったのかもしれないし、他の組織かもしれない」

「しばらくはビッグボスの気に触れないよう静かに暮らすか……どうせ、他の依頼も来ないだろうしな」


 ソファーに深く腰を預けたラヴェルトは天井を見上げた。

 アバランチの構成員を殺したという犯人を推測してみるも、情報が少なすぎるため、取り止める。

 どこかの馬鹿が巫山戯た真似をしてくれたものだ。火薬を爆発させれば、部外者はいい迷惑である。

 火事は対岸であれば勝手にしていろ。此方にまで火が伸びるならばクソ野郎。同業者全てを敵に回すことに等しい。


「なるほど。それで、ヴェインさん達が暇なことに繋がるのはどうしてですか?」

「ちょっと嫌な話なんだけどね、金になるんだよ」

「……?」

「おっと、要点を言わなくてごめんね。簡単に言えばアバランチの構成員を殺した奴が賞金首になったのさ」


 天井を見上げていたラヴェルトの顔がヴェインへ向けられる。

 信じられないと言いたげな、目を開け気味で本当かと尋ねているようにも見える。


「マジですよ。殺せば五十で捕まえれば百って話です。胴元がわざわざ説明に来るんだとか」

「とんだ気狂いもいるもんだな。それで、何処に来る?」

「神か悪魔か死神か……どうも夜にウチですよ。まあ、同業者も集まるしちょうどいいんだろうけど、嫌な予感しか……はぁ、鬱ですよ」


 昼は弁護士、夜は酒場のマスター。

 二つの顔を持つヴェインは常識人でありながら、この街では変わり者で風通しがよく、多少の無茶なら聞いてくれると評判が良い。

 それが余所にも流れたのか、殺害パーティーの説明会場に選ばれてしまったのだ。


「今日は殺し屋の見本市ですよ。売上はいいんだろうけど、それだけです」

「……ん、つまりアバランチが金を出すんじゃないんだな。いや、あいつらが余所者に任すとも思えんが……誰だ?」

「合衆国の人間ですよ、それも公の職に付いている人間が。だから金もドルです。捕まえれば百万ドル、今日は繁盛しそうですね!」


 嬉しげに語るもヴェインの顔は死んでいる。

 地獄が見えており、其処に突き進むだけの心境は全てを捨てて逃げ出したくなるものだ。

 酒は売れるだろう。飯もそれなりに注文される。罵声が響くだろうし、銃声も止まないかもしれない。

 鬱だ、自分の家が戦場になるなど、誰もが嫌だろう。

 ラヴェルトは同情しつつ、合衆国が絡む異常事態に思考を張り巡らせる。つまり、アバランチに手を出した犯人は国絡みの存在だということ。

 この手の場合、何かしらの重要な情報を持っていることが相場である。殺しよりも捕獲に金を弾んでいることがその証拠だ。

 愛銃をバラされた路地裏の死神には悪いタイミングでの金鶴だが、何も一つでは無い。アジトに戻り、銃を拵え今日の夜は忙しくなりそうである。


「どうも胡散臭いが、聞くだけ聞いてみるか。サラもそれでいいか?」

「え? ええ……ご一緒出来れば。それで、いいのですか?」

「シンキが暴れたその日に奴らも手を出さないだろう。それに今日は飯を作る気力が無くてな。ぶっちゃけヴェインの店で済ましたい」


 わたしに食事の必要は無いのですが。

 何度言ったことだろうか。ラヴェルトは一向に耳を貸さず、毎食丁寧にサラへ食事を差し出している。

 流石の彼も今日は疲れたのか、休みたいようだ。元より居候のようなポジションである少女に異論は無い。

 それよりも自分のことを聞かれないことが不思議である。自分の機能も、シンキとの関係も掘り下げられていない。

 いずれは話すべきだろうし、そもそも自分が彼らに迷惑を掛けているだけの現状、離れるのが正解である。

 なあなあに流されているのは彼らに悪く、何処かで区切りを付けるべきだが、固まった時間が取れずにいる。

 シンキの襲撃がいい転機であったのだが、どうも彼らは忙しいらしく、今日の夜も危険な会合に首を出すようだ。


「……」

「ま、色々思うこともあるだろうが、このままお前を見捨てるのも性に合わん。後で考えればいいさ」

「ら、ラヴェルトさ――」

「あーのーさー? サラちゃんの前でそんな物騒で血腥い話をするの止めてくんない? ただでさえこの街は蓋をしても臭いのがごろごろ転がっているのにさ」


 いつの間にか全てのアップルパイを平らげ、食器を戻しつつあるミーシャが口を挟む。

 心底嫌な顔で、サラを抱き寄せ可愛がりながら野郎二人に鋭く冷たい視線と共に言葉を投げ付けた。

 このシスター、数十分前には教会が殺し合いの場になっていたとは思えない程、気が強い。


「それもそうだね。じゃ、ラヴェルトさんとサラちゃんを一緒に事務所まで連れてくよ。なんならバイト代は出すし、今日は手伝ってくれ」

「俺もか? 看板娘一人で勘弁してくれ」

「看板娘……看板娘! なんていい響きなんだろう。だけどね、シスターは副業禁止だから」

「お前じゃない、サラだよ」


 ばっと立ち上がり勝手に舞い上がってるシスターを無視しながら、彼らは教会を後にする。


「アップルパイ、美味かったぞ」

「わざわざ呼んでくれてありがとね、今度なんか奢るから」

「看板娘……データベース照合、だけどわたしが……あ、アップルパイありがとうございました」



「はあ……夜の酒場、集まる男達、昼とは違う私、新たな出会い、恋の予感……は、だめよミーシャ。シスターたるもの、女神の教えに背くなんて……」


 お礼は一応言ったので、反応ゼロだが帰ってもいいだろう。

 三人は目を配わせ意見が一致したため、外へ通じる扉へ歩き始める。

 亡きマクレイン博士に祈りを捧げるだけだったが、偶然にもゲルドブレイムのシンキと鉢合わせ一戦を交えることに。

 彼を退け落ち着いたかと思えば、お次は街のボスに手を出した馬鹿のせいで夜も落ち着いて眠れない事態になる。

 サラが外に出てからまだ数日ではあるが、カプセルの中に缶詰するよりも刺激が多いと実感するばかりである。

 


「ヴェイン、誰が悪魔だって? ラヴェルトも口を滑らせたよな、誰がおっかない女だって?」



 かちゃりとカップが置かれた音だけが静かに響く。実際にはミーシャの独り言も未だに続いている。

 ヴェインはアバランチのビッグボスを説明する際、この街には二人の女悪魔がいるとうっかり言ってしまった。

 無論、片割れは我らが教官のベルフィである。地雷を踏んだか、勢いよく踏み抜いて水に流そうとしていたが、ダメだったようだ。

 これまで黙っていたのだから、気にしていなかったのか。はたまた、女神様のお茶目なイタズラで偶々聞こえていなかったのだろう。

 楽観的に考えていてが、最後の最後に背後から悪魔の囁きが明確な殺意を以て忍び寄るではないか。

 鬱だ……そう弱音を零しながらヴェインはラヴェルトへ車の鍵をチラつかせる。それが合図となり彼らは一斉に走り出した。

 車まで逃げて、後のことはこれから考えよう。


 だが、一つだけ問題があった。

 この中で一番足が速いのはベルフィである。

 間もなくして男二人の首根っこを掴み、悪魔の笑い声が教会に響いたのは言うまでも無いだろう。

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