32:祈らずにはいられない
翌朝。
私は眠い目を擦りつつ、登校中の生徒に混じって坂を上っていた。
寝不足状態での山登りは大変だ。
霧波高校の立地をこれほど恨めしく思ったことはない。
他の生徒たちが楽しそうにお喋りしながら、足の遅い私を追い越していく。
皆、なんであんなに元気なんだろう。
ああ、朝陽が目に染みる。
いますぐ家に帰って温かい布団の中に潜り込みたい。
寝つきの悪い私だけど、いまなら秒で眠れるわ。自信ある……。
「ふわあ……」
「すごいあくびだな」
「うわあっ!?」
急に背後から話しかけられ、私は飛び上がった。
振り返れば、斜め後ろに恵が立っている。
なんてことだろう。
片思いしている相手に大あくびしてるところを目撃されるなんて。
とんでもない失態に、私の頬は熱くなった。
「おはよ。どうしたんだ、寝不足? もしかしてゲーム?」
「ま、まあ……」
恵に告白するために夜更かしして、さらにその後も恵のことばかり考えて眠れなかっただなんて、言えるわけがない。
「何だよ、人のこと言えないじゃん」
オリエンテーションの夜のことを回想しているのか、恵が笑う。
「そうね……」
私の頬は引きつった。
好きとはいえ、私はあなたのように睡眠時間を削るほどゲームに狂ってはいない。
他ならぬあなたに告白するために下準備してたんだよ! と、叫べるものなら叫んでやりたい。
「エスコートが必要なら手を貸しましょうか?」
おどけたように言いながら、恵が鞄を持ち替え、空けた左手を差し出してきた。
「えっ? な、なんで?」
予想だにしない提案に、眠気も吹き飛んだ。
他の生徒たちも見てるのに?
いや、私と恵は表向き付き合ってることになってるんだから、手を繋いで登校しても別に問題はないのか?
でも、学校は不純異性交遊禁止じゃなかったっけ?
あ、先生たちにばれないように、校門の前で手を離せばいいのか――いや、だからそういう問題じゃなくて、私の心臓がですね……!
「なんでって、足取りも覚束ないし、見てて危なっかしいから。目の前でぶっ倒れて怪我されても困るし。萌だって、バスの中で肩貸してくれたじゃん。そのお礼ってことで」
混乱している私に、恵はさらに一歩近づいてきた。
必然、差し出された手も私に近くなる。もう目の前だ。
恵が私を見つめて、口を開く。
嫌ならいいよ、というお約束の言葉が吐き出される前に、私は腹を括って恵の手を取った。
「ありがとう」
にっこり笑ってみせる。
いつもためらってばかりいた私が素直に甘えるとは思わなかったらしく、恵は目をぱちくりさせて、珍しい言葉遣いをした。
「お、おう」
恵がどもった!
なんとなく勝ったような気分になる。
たまには私が恵を動揺させるのも悪くないかも。
「じゃあ行こう」
私は恵の手を引いて歩き出し、横目で恵の様子を窺った。
恵は「なんか調子狂うな」とぼやいて頭を掻いている。
それから、私たちは他愛ない話をした。
恵は昨日も一日一時間の禁を破ってゲームしてしまったらしい。
青葉くんの目を気にしてシャンテで遊べなくても、家庭用ゲーム機も手軽に遊べるスマホゲームもあるんだから、このゲーム馬鹿から完全にゲームを取り上げるなんて不可能なのである。
「あのさ」
「ん?」
呼びかけに応じて、恵がこちらを向く。
恵の茶色がかった髪が、吹き抜ける風に揺れている。
触れてみたいと思った。
柔らかそうなその髪に。その綺麗な顔に。
触れたらどんな感じなんだろうと、私は恵の頬に触れた感触を夢想する。
手は繋いでいるのに、もう十分なはずなのに、恋心とは厄介なもので、どこまでも貪欲だ。
友達のままじゃ嫌なんだ。
この人の全てを独占してしまいたい。
半端じゃなくて、全部欲しい。
「えっと……もういいよ、手を繋がなくても。恵と喋ってたら眠気もどっかに行っちゃった」
「そ」
恵が手を離す。
まだ手に残る温もりを惜しむように、私は右手を握り込んだ。
もしフラれたら、ハーディの札役も終わり。
お互い気まずくなって、恵がこんなふうに優しくしてくれることもなくなるんだろうな。
手を繋いだのも、これで最後になるかもしれない。
「……………」
「何。考え事?」
地面を見つめていると、恵が横から覗き込んできた。
顔が近い!
「わっ。ううん。何でもない」
私は動揺しながら一歩横に引いた。
「ならいいんだけど。悩み事があるなら聞くよ?」
だからあなたのことなんですってば。
「……本当に大丈夫だから」
もう苦笑するしかない。
恵って、青葉くんばりに鈍いよね。
やっぱり私を女子として全く意識してないんだろうなぁ……。
「そうだ、放課後エンドラするって言ったけど、場所はいつものカフェでいい?」
気を遣ったのか、恵は話題を変えた。
放課後。決戦の時。
私は再び、右手を強く握った。
「いいよ。一緒に行こう」
「うん」
にこっと笑うその顔を見つめて、どうか、告白を受け入れてもらえますようにと、祈らずにいられなかった。
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