33:放課後までのカウントダウン

「まあ、萌も告白するのね!」

「しーっ、声が大きい!」

 事情を打ち明けた途端、芹那が大声で言うものだから、私は慌てて人差し指を自分の唇に押し当てた。


 芹那が両手で自分の唇を覆う。

 そうしてお互いそれぞれが自分の唇を塞いだまま、揃って教室の斜め前方を見ると、恵は自分の席で友達と談笑していた。


 私たちの声は聞こえなかったようだ。席が遠くて助かった。

 幸い、私たちの周囲には誰もおらず、会話に聞き耳を立てている子もいない。


「……ごめんなさい。危ないところだったわね」

 バツの悪そうな顔をしながら、芹那が手を下ろす。


「でも、よく決意したわね。ひょっとして私に触発されたのかしら?」

 芹那が机に頬杖をついて微笑む。


 期間限定とはいえ、晴れて彼女の座を手に入れた彼女は幸せそうだ。

 今朝も顔を合わせるなり「青葉くんから名前で呼んでもらった」と嬉しそうに報告してくれた。


「うん。芹那の頑張りを見てたら、私も頑張らなきゃって思って」

 私は芹那に微笑み返したけれど、

「…………正直に言うと逃げたい。地の果てまで逃亡したい」

 すぐに笑みを消して、席に突っ伏した。


「あら。怖気づいたの?」

「うう、だって、フラれたらと思うと怖すぎるもん。恵って、全然私のこと意識してないっぽいし……ああ、やっぱり止めようかなぁ……私は芹那みたいな美人じゃないし、鼻で笑われたりしたらどうしよう……立ち直れない……」

「何言ってるの」

 この期に及んでぐじぐじと情けない私に、芹那が呆れ声で言う。


「赤石くんがそんな人じゃないってことは、萌が一番よく知ってるでしょうが。そういう彼だから好きになったんでしょう? ずっと偽彼女のままでいいの? 一生ゲーム友達でいるつもり? 赤石くんが誰かと付き合うことになっても平気なの?」

「平気じゃない」

 私は起き上がり、きっぱり言った。


 恵の傍で女子が笑う姿を想像するだけで胸が掻き毟られるようだ。

 ゲーセンでは見知らぬ他人から「格差ありすぎ」とまで言われて傷ついたけれど、恵本人が怒り、突っぱねてくれた。

 だから、他人の評価なんて知ったことじゃない。


「私は誰よりも恵の傍にいたい。偽彼女じゃなくて、堂々と、本物の彼女として胸を張りたい」


「ちゃんと言えるじゃない」

 真顔で私の言葉に耳を傾けていた芹那は、口の端を持ち上げた。


「その言葉をそのまま赤石くんに伝えればいいのよ。大丈夫。私は完全に賭けだったけれど、萌の場合は絶対にうまくいくって保証してあげる」

 励ますように、芹那は私の肩を二回叩いた。


「なんでそう言い切れるの」

「……むしろ私はなんでそうも鈍感なのか不思議で仕方ないわよ。赤石くんが積極的に話しかける女子は萌しかいないって気づいてないの?」

 何故憐れむような目で私を見るのか。

 いや、『憐れむような』じゃなくて、間違いなく憐れんでるよね?


「それは私がゲーム友達だからでしょ?」

 趣味を共有しているから恵は私に話しかけてくるのだ。

 わかりきった問いかけなのに、芹那は何を言っているんだろう。


「……はあ」

 芹那は肩を落とし、額を押さえて首を振り、恵のほうに顔を向けた。

 窓を背後にして、恵はクラスメイトの男子と笑っている。


「赤石くんも大変ねえ……ハーディの札とか言ってけん制されまくった挙句、万事この調子だもの。そりゃあ、萌も赤石くんも度を超えたゲーム馬鹿だけど、それだけであんなに良くするわけないじゃない。朝は仲良く手を繋いで登校したらしいし、ゲーセンで二人きりなんて、デート以外の何だって言うのよ……」

 芹那が恵を見つめて何か言っているけれど、声が小さすぎて聞き取れない。


「え、いまなんて?」

 首を傾げると、芹那はかぶりを振った。何故か疲れた顔で。

「とにかく、応援してるから。逃げずに頑張りなさい」

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