第29回 元魔王、刺される。

 私はしぶしぶ着ぐるみMOちゃんとなり、イトとともに、ユーキのもとへと戻った。


 ユーキは、いまだに声をかけ続けていたが、家のものには会えていないようだった。


 どうやらどこかへ出かけてしまっているらしい。

 戻ってくるのを待つほかないようだった。


 どうしたものかと思いながら、まわりをぐるりと眺めまわしたところで、森から出てくる人影を見つけた。


「コクドクが戻ってきたみたいだ。それに……どうやら、お目当てのものも見つけてきてくれたようだな」


「そんなにうまそうなものを持ってきたのか?」


 うまそうかと問われれば、うまそうだと答える魔族はたくさんいるだろう。

 そういった類のものを、コクドクは引き連れていた。


 ただその様子は、「引き連れてきた」というよりも「抱え連れてきた」といったほうが正しいのかもしれない。


「こちらは、この家の主であるシリルさんと、その娘さんのグラネさんです」


 コクドクは、私たちの前に来るなり、腕に抱えた女性と背負った女の子を順々に紹介した。


 背にいる女の子――グラネは気を失っているようで、目を閉じてぐったりとしている。


 一方の腕の中の女性――シリルは、少し疲れた顔をしていたが、しっかりと私たちのことを見返してきていた。


「森に入ったまではよかったのだが、戻ってこれなくなってしまって……。そんなとき、この方々にお会いして、ここまでご案内していただいた次第でして」


 コクドクは、シリルを慎重におろしながら、状況の説明をしてくれた。


 シリルは、コクドクに礼を言いながら、ゆっくりと地面に足をつける。


「はじめまして、シリルと申します。みなさんのことは、コクドクさんからお聞きしました。さあ、どうぞ。中に入って、ゆっくりとしていってください」


 そう言って、彼女は私たちを家の中へと招き入れてくれた。




 凹◎凹◎凹◎




 私たちは、シリル家の居間に通された。

 コクドクは、シリルとともにグラネを奥の間に寝かせてから、私たちのもとへと戻ってきていた。


「すいません、お客様が来ることなんて、今まで一度もなかったもので」


「いえいえ、こちらこそ突然のことで申し訳ない」


 家はなかなかの広さで、私たち四人が入っても、まったく窮屈きゅうくつさを感じることがなかった。


 しかし、そんな大きな家だというのに、ここにはシリルとグラネのふたりしか住んでいないのだった。



 これまでずっと、彼女たちはふたりきりで暮らしてきたのだそうだ。


 そして、この家が『くらましの森』にポツンと建っているため、今までひとりたりとも、一匹たりとも、たずねてくるものはいなかったらしい。


「森で迷ってしまう方はいらっしゃったのですが、それとなく出口へとご案内するようにしていまして、こうして家にあがっていただいたことはなかったんです」


 お茶をご用意しますね、と言いながら、シリルは席を立とうとする。


「待ってください。お茶ならば、そこにいるコクドクめにお任せいただけないでしょうか。コクドクは、我らの料理担当でして、かなり腕がたつのです。きっと、シリルさんにふさわしいお茶をふるまってくれることでしょう」


「ですが……」


「シリルさん。どうかオレにやらせていただけないでしょうか。ご案内いただいたお礼ということもありますので、ここは一つ」


「……そうですか、それではお言葉に甘えて、お願いできますか?」


「はい、ありがとうございます」


 コクドクは、シリルに炊事場すいじばの使用許可をとってから、居間をあとにした。

 ユーキもコクドクの手伝いをするために、そのあとを追った。


「イトは行かないのかい?」


「俺が行ってどうするんだ?」


「……それもそうだな」


「もうちょっとねばってくれてもいいんじゃないかなぁ……」


 そう言うイトは放っておいて、


「それで、私がなにものであるのかは、すでにお聞きになられているのかな?」


 私はシリルにそう聞いた。


「いえ、そこまでのことはまだ」


「そうですか」


「ですが、おそらく存じあげております。

 こう見えて、私もただのうのうと生きてきたわけではありませんので。

 あなたのことをそうだと思ったからこそ、こうしてこちらにお越しいただいたのです」


「なるほど。やはり、そうでしたか」


「なんのことだ?」


 イトは、あいかわらずなにもわからないといった顔をしている。


 そして、そんなイトへの対応もあいかわらずにしておいて、


「それで、この私をどうしようと?」


 そうシリルに聞いた。


「そうですね……」


 シリルは少し考えるようにしてから、その答えを言うために、口を開こうとした。



 だが――


「だめ!」


 その口から出てきたのは、質問の答えではなく、悲鳴のような声だった。



 そして、その言葉は、目の前に突然あらわれたグラネに向けられたものだった。

 娘の、私への蛮行ばんこうを止めるための言葉だった。



 奥で寝ていたはずのグラネは、今、私の目の前に立っていて、そして、私の身体にするどくとがった腕を突き刺しているところだった。

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