第24回 元魔王、大食い対決に勝つ。

「大将に『勇者亭』のみなさま、ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」


 観客とは対照的に、『勇者亭』の店員――特に大将は、二の句が継げない様子で、ただユーキを見ているだけだった。



 大将は、しばしの沈黙ののちに、思い出したように口を開いた。


「そんなことは、あるはずがない! あれだけの量だったんだぞ? それを、そんな小さい身体の、どこにつめこんだって言うんだ!?」


「ここですよ、ここ」


 ユーキは、自分のお腹をさすりながら、試すように大将を見る。


「……というのは、さすがに無理がありますかね。本当はこっちです」


 そう言ってユーキは、さする手を上にあげて、今度は自分の頭を指さした。


「そこでどうやって食べるっていうんだ?」


「それがですね、ここをうまく使うと、誰よりも早く、そして多くを食べることができるんですよ。

 ボクは見てのとおり、肉体労働はからっきしなんですが、こっちのほうなら、少しはお役にたてそうでしたので――そうですよね、みなさん」


「ああ、そのとおりだ」


 私は、重い身体にムチを打って、観客を見渡せるところまで移動する。


「元魔王の権限において、ここに秘匿ひとくを破ることを許可する。みなのもの、その手に持ったものを、もしくは、そのふくれた口や腹を、思う存分、見せつけてやれ!」


「あんたのその姿からは、そんな権限、微塵も感じられないけどな」


 イトは相変わらず一言多い。



 ムスッとする私をよそに、私の呼びかけに応えて、観客はおのおの自分をさらけ出していく。


 あるものは、手に持った皿をかかげ、あるものは、何本もの串を高らかにあげる。


 あるものは、詰めに詰めこんだ口や腹を、恥ずかしげもなく前面に押し出している。


 そして、それは魔族だけにとどまらず、人間たちも同じように、食器を私たちに見えるように動かしていた。


「これはいったい……」


「つまりですね、この場にいる全員が『私たち』なんですよ。私の相棒のムジーが、みなさんをうまぁく懐柔かいじゅうしてくれました」


 ね、とユーキはムジーに目配せする。


 懐柔といっても、私たち――もとい、ユーキとムジーがしたことは、せっせと料理を運ぶことだけだった。



 観客は、ただ騒げればよかっただけで、タダで料理を食べられれば、それで満足だったのだ。


 だから観客は、ただ目の前に運ばれてきた料理に手をつけただけで、私たちの味方をしていたわけではなかった。


「そういうわけだ、大将よ。この対決、私たちの勝ちのようだな」


 私は、観客全員が『私たち』だと示すように、大きく両手を開いた。


「それはちょっと卑怯ひきょうじゃないのかい?」


「なにを言う。私たちが何人なのかを確認しなかったそちらが悪い」


「なんという屁理へりくつ


「まあ、真面目に答えるとすれば、観客を取りこんだのはそちらが先だったし、私たちはそれをマネしただけだ。

 それにそもそも、私は魔王なのだぞ?

 たとえ元だったとしても、魔王たるもの、これくらいのことをしなければな」


「……そう言われちまうと、そうなんだろうけど……」


「いいじゃないですか、大将。

 まわりを見てくださいよ。

 こうして、魔族も人間もへだてなく、同じように『勇者亭』の料理をおいしく食べているんです。

 これ以上、なにが必要なんですか」


 私とユーキは、『料理亭』の料理を食べたときから気がついていた。


 大将たちの料理は、人間のみならず、魔族の舌にもあう味付けとなっていた。


 大将たちは、魔族からのムチャな要望をけむたがっていたようだが、実のところは、しっかりと己の血肉としていたのだった。


 おそらく大将たちは、魔族を締め出したあとも、研鑽けんさんおこたらなかったのだろう。


 だからこそ私たちは、この対決で大将に勝てたのだ。


 これは、大将の腕を信じたからこその、私たちの勝利なのだった。

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