第23回 元魔王、白いものをはく。

 私たちの目の前には、次から次へと、料理が並べられていく。

 それを私たちは、かたぱしから手にとって、残さずたいらげていく。


 まさしく、死闘だった。


「イトにユーキよ、しっかり食べるのだぞ」


「はい!」


「おうよ! ……って、お前はなにをしてるんだよ」


「なにって、こうして料理を腹へと入れているのではないか。見えないのかい?」


「見えてるから言ってんだよ。食えよ。なんで飲んでばっかなんだよ」


 私は、固形物には目もくれず、ただ流動物ばかりを選び抜き、口から胃へと流しこんでいた。


「なにを言うんだ、イトよ。大食いでもっとも注意しなければならないのは、水もののとり方だ。水ものをどれだけ飲まないかが、勝敗をわけるのだぞ?」


「そうだな、だからなんだってんだ」


「だからこうして、私はみなの分まで、水ものを消化しているのだ」


「そうは言ってもさ、こんだけ料理があんだぞ? 飲み物ばっかりでどうすんだよ」


「大丈夫だ、デザート類――特に氷菓子系を一緒に流しこんでいる。器を手でうまく温めれば、こんなふうに効率よく溶かせるのだ、ほら、どうだ?」


「……そうかい、くれぐれも腹を壊さないようにな」


「まかせておけ」


 私は、テンポよく流動物とデザートをつかみ、口にふくんでいく。

 熱いスープから冷たいアイスまで、すべてが私の胃に取り込まれていく。


 よし。

 このまま順調に消化していける。


 そう思うと、自然と速度が上がっていった。


 ただ……なにかひっかかる。

 胃に不調はなさそうだが、なんだか息苦しい。

 喉の通りも、だんだんと悪くなってきた気がする。



 そして――


 それは、私が白い液体を一気に飲み干したときに、突然起きた。



 私は、小さい咳をしただけのつもりだった。


 しかし、私の身体は、私の意志に反して、勝手に動いていた。


 気がついたら、さっき飲みこんだはずの白い液体が、食道から口を通って、身体の外へと吹き出していた。


「お、おい、モタ、口からなんか出たぞ」


「出ていな……ごふぉ」


「やばいって、口から白いものがあふれ出てるって」


「んぐ……こんなにいっぱい……全部は飲めないよ」


「いや、元魔王様? そんなエロいポーズとっても無理だって、吐いてんだから、ごまかせないって」


「イトよ、私はもうダメかもしれない。私亡きあとは、どうか我が子のことを、よろしく頼むぞ」


「こんなことじゃ死なないって、別の意味では死んだかもしれないけど、口だけじゃなくて鼻からもなんか出てるけど、きっと大丈夫だから、強く生きていこう? な?」


「すまなぉろろろろろろろ」


「あーあーもー、だから無茶すんなって言ったのに」


「イトよ、大丈夫だ……腹は、壊していない」


「腹どころじゃないレベルでだい決壊けっかいしてるんだよ。威厳いげんとか尊厳そんげんとか、そういう大切なものが、軒並のきなみ顔面からだだ漏れてるから」


「そうか……ならば、これでようやく、私は魔王の重荷から解放されるのだな」


「身体はむしろ、その水もの地獄から解放されたがってるように見えるけどな」


「そんなことはない……! 私は、まだまだ、やれる……、まだまだ、飲める」


「やめとけって、誰も得しないから」


「一部の紳士しんし淑女しゅくじょのために……!」


「そんな気概きがいはいらないから!」



「どうした? 元魔王様とあろうものが、そんなものでダウンとは、なんとなさけない……うん、本当に……」


 大将は、そう言いながらも、店員に指示を出している。


 どうやら、私をどこか休める場所まで運んでくれるらしい。


 やさしい。

 ありがたい。


 私は、イトと店員に支えられながら、ゆっくりと休憩所まで進んでいく。


 その間、大将は心配そうに私のほうを見ていた。

 着いたあとも、ずっと私のほうをうかがっているようだった。


 さらに――


「まだ大丈夫なようだが、もし吐きでもしたら、そちらの負けだぞ? そのことは忘れるなよ?」


 今の私に起きている大問題について、全力で目をつぶってくれていた。


 人間ができているとは、このことを言うのだろう。


「そのありさまを見れば、誰だって目はつぶるでしょうよ」


 もうかわいそうでかわいそうで、なんてことをイトは言う。


 失敬な。

 これは死闘の末のかすり傷なのだ。

 名誉の負傷である。


「致命傷だろ」



「――?」



 突然、観客にどよめきが起こった。


 人間の怒号と歓声がこだまする中、ひときわ聞き取りやすい声が聞こえてきた。


「大将に『勇者亭』のみなさま、ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」


 席に座るユーキが、すべての料理をたいらげて、行儀よく口元をぬぐっていた。

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