第20回 元魔王、舌つづみをうつ。

「へい、お待ち」


 大将の手際のよさは、目を見張るものがあった。

 あっという間に、同時に三品ができあがり、私たち三人の前にそれぞれ並べられていた。


 私の前には、平皿にもられた赤と緑と白が混ざった麺料理が置かれている。


 イトの前にはただの白いパンが三つあり、ユーキの前には器いっぱいの豆料理があった。



 私は、食器を手に取り、麺をくるくると巻きつけて、口に運ぶ。


 一噛みするだけで、酸味と甘味が口いっぱいに広がってくる。


――おいしい!


 麺にからんだ歯ごたえのある緑と、肉々しい赤と、クリーミーな白が、絶妙なバランスで混ざりあっている。


 麺もコシがあって、噛んでいて楽しい。


 こんな料理は、今まで食べたことがない。


「……すばらしい」


 思わず、そんな言葉が口をついて出ていた。



 私は、咀嚼そしゃくを途切れさせないようにしながら、横の様子をうかがう。



 ユーキは、目の前の豆料理を食器ですくい、口に入れ続けていた。


 こぼすのも気にせずに、前かがみになりながら食べ続けている。


「そんなに急がなくても、料理は逃げねぇぞ。ま、オレが作ったもんだから、そうなっちまうのも無理ねぇけどな」


 どんどん食べな、と大将は、ユーキを見ながらうれしそうな顔をしていた。


 しかし、私から見れば、そのユーキの行動の意図が丸見えだった。


 ユーキがこぼした豆は、そのはしから、相棒のムジーがぱくりぱくりと口に入れていくのだった。


「ユーキ、その豆料理はそんなにおいしいのか?」


「ええ、びっくりするぐらいおいしいですよ」


 ユーキの言葉と同時に、ムジーも私に向かって「ヤバおいしい」という合図を返してきていた。


「MOちゃんのほうはどうなんですか?」


「この麺も、おどろくほど美味だぞ。ちょっと食べてみるか?」


「いいんですか? でしたら、こっちのもどうぞ」


「いただこう」


 私たちは、間にいるイトを尻目に、お互いの料理を交換した。


 ユーキから受けとった豆料理は、ピリッと辛味のきいた食欲をそそる味で、これはこれですばらしい料理だった。


 ユーキとムジーのほうも、おいしいという表情で、麺をほおばっていた。



 そんな、よくある食事風景が終わるのを待っていたかのように、イトはようやく口を開いた。


「……なあ大将、ふたりの料理はすっごいうまそうなんだけど、なんで俺だけこんななの?」


 イトは、目の前の料理に、一口も――どころか、手すらつけていなかった。


「こんな? バカを言うな。それはな、オレの自信作なんだぞ」


「これがかぁ……? そうは見えねぇけどな」


「そりゃそうだ、そうは見えねぇように作ってるからな。口に入れたらおどろくぞ、めちゃくちゃうめぇんだからな」


「それはぁ……本当だろうねぇ?」


「だまされたと思って、食ってみろよ」


 イトは、半信半疑の顔をしながらも、目の前の白いパンの一つをかじった。


 そのままの表情で口を動かし飲みこんだあと、うなるようにゆっくりと口を開く。


「これは……本当だったねぇ。大将の言うとおり……うますぎる!」


「だろ?」


 イトは、大将とハイタッチでもしそうな勢いで声をあげていた。


「そんなにおいしいんですか?」


 そう言いながら、ユーキは二つ目の白いパンに手を伸ばし、ちぎって口にほうりこんだ。

 そして机の陰に隠しながら、もう一切れをムジーの口に投げ入れていた。


「おい、俺のパンを勝手に食うな」


「MOちゃん……! このパン、すごくおいしい」


「なに!? どれどれ……」


 私も、イトの前から最後のパンをかすめとり、かじってみた。


「だから、それは俺のなの」


「本当だ……、こんなにおいしいパンははじめて食べるな」


「そうだろう?」


 大将も満足げだった。


「大将もさ、うれしがってないでとめてくれよ。……ふたりがそうくるなら、俺にも考えがある。その豆をいただく」


「だめだ」


 私は断固、自分の豆は離さない。


 それを見たイトは、今度はユーキのほうを向く。


「いやです」


 そう言うユーキをよそに、イトは食器で強引に麺を巻き取りにいく。


 だが、ユーキのほうが一枚上手で、くるくるとすべて巻き取り返し、自分のほうに引き寄せてしまっていた。


「俺はあきらめないからな」


 にらみあうふたりの下で、ユーキの手の先の麺に、ムジーが必死にかじりついていた。

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