第19回 元魔王、大将に目をつける。

 この店は『勇者亭』と呼ばれているらしい。


 その昔、まだこの街がここまで大きくはなかった時代に、名だたる勇者たちがこの店で食事をとり、魔王城へと向かっていったそうだ。


 何人もの勇者をむかえ、送り出していくうちに、ここはいつしか『勇者亭』と呼ばれるようになった。


 それほどの歴史と実績がある店とのことだった。



 そんな店に、元魔王である私がいるというのは、なんとも不思議な状況ではあった。


 だが、当の私は、そんなことを気にするような人間ではない。


 そもそも人間ではないのだが、今は人間のていだから、そう思うのは間違ってはいないのだろう。



「いらっしゃ……」


 カウンターにいたこの店の大将らしき人間は、私を見たとたんに、なぜかそのまま固まってしまった。


「……えっと、そっちのあんたとあんたは人間だな」


 ようやく動いた大将は、私のあとから入ってきたふたりを順に指差しながら、そう言った。


 そしてそれは、流れるままに私のほうへと向けられ、さっきと同じようにそのままとまってしまった。


 大将は、少し逡巡しゅんじゅうするような間をおいてから、


「あんたは……なんなんだ?」


 そんなことを言ってきた。


 なんと失礼な。


「私も人間だ。どこからどう見ても人間ではないか。それ以外のなんだと言うんだい?」


「どこからどう見てもって言われても……。まあ、人間ってぇことならいいんだけど、なんでそんな格好をしてるんだ?」


「これが私の正装なのだ」


 偽るための、これ以上ないくらいの、素晴らしく正しい格好なのだ。


「この人ね、ちょっと変わってるから、あんまり触れないでくれると助かる」


「そ、そうかい。あんたたちも大変だな……、見た目でわかるのがせめてもの救いってなもんだな」


「ありがとう、そう言ってもらえてうれしいよ」


 イトと大将がなにやら小声で話をしていたが、せっかくの食事前だ、今回は聞かなかったことにしてやろう。


「じゃあ、お三人さん、お好きなところに座ってくれ。奥のテーブルでもいいし、二階もあるぞ」


「いや、私たちはここがいい」


 そう言って、私は大将の目の前のカウンター席に座った。


「そうかい? どこに座ってもらっても、不便はかけねぇつもりなんだけどな」


「大丈夫だ、そのような心配はしていない。ただ私は、大将の手腕を間近で見てみたい、と思っただけだ」


 イトとユーキも、私の横に座る。


 ムジーは、大将にバレないよう、ユーキの懐に隠れているようだった。


「そうかい。そういうことなら、思う存分、食事を楽しんでいってくれや」


「ああ、楽しませてもらうよ」

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